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GCN文庫「霜月さんはモブが好き」 バレンタインスペシャルSS公開!

GCN文庫「霜月さんはモブが好き」 バレンタインスペシャルSS公開!

現在GCN文庫は特定店舗さんにてバレンタインフェアを開催中! 
(※上記フェアは2022年に開催したものです)

バレンタイン当日の本日2月14日、
公式HP特別企画として「霜月さんはモブが好き」のスペシャルSSを公開いたします。


それではどうぞ!


『バレンタインにゃんにゃん未遂事件 ~六個目のチョコレートはだぁれ?~』(著・八神鏡)





 二月十三日のこと。
「あらら……気合を入れすぎちゃったかしら」
 テーブルの上に並べられたチョコレートを見て、しほは思わず笑ってしまった。
「でも、初めてのバレンタインなんだから仕方ないわよねっ」
 そう。明日は幸太郎と出会ってから初めて迎えるバレンタインである。
 料理が苦手で、作ることより食べることが大好きなしほでも、さすがにこの日は本気を出すことをいとわなかった。
 もちろん、調理師免許を持つ母親というチート武器を活用することも忘れずに、色々とアドバイスをもらって試行錯誤した結果――テーブルの上には、五種類のチョコレート菓子が並んでいたのである。
「五個はさすがに、作りすぎちゃったわよね……」
 最初はもちろん一つだけのつもりだった。湯煎して整形するだけの板チョコから初めたが、意外と簡単だったので調子に乗った。母親の手も借りることができたので、生チョコ、トリュフ、チョコクッキー、それからチョコレートタルトまで仕上げてしまった。
「どうしよう……どれか選んであげる? いや、でもムリっ。こんなに頑張ったのだから、ちゃんと食べてもらいたいわ。あと、褒めてもらいたい……ねぇ、ママ! わたし、どうすればいいのかしら? せっかくだし全部あげちゃってもいいと思う?」
 隣で後片付けをしていたしほの母親は、優しく微笑んでからしほの背中をそっと押すように頷いてくれた。
「あ、そうだ! サプライズでわざと差出人が分からないようにプレゼントするのも面白そうかも? 五個ももらって動揺している幸太郎くんに『実は全部わたしが作りましたー』って言ったらきっとびっくりするでしょうね? その後で『五種類も作るなんてすごい!』って頭をなでなでしてくれるだろうし……うん、わたしってやっぱり天才だわ!」
 ……この時のしほは、まだ知らない。
 このちょっとしたイタズラ心が、後に事件にまで発展することを――。



 そして、翌日。
 しほは計画通り、作った五種類のチョコレート菓子を全て学校に持って行った。
 いつもより少し早めに登校したおかげで生徒はほとんどいない。その隙を見計らって、彼女は登校してすぐに幸太郎の靴箱に手作りの板チョコを入れた。
(幸太郎くん、きっとびっくりするでしょうね……!)
 彼の驚いた顔を想像すると、無意識にニヤニヤしそうになってしまう。慌ててほっぺたを押さえて表情を固定した。
(いや、落ち着かないとダメよ。まだわたしがあげたことはバレないようにしないといけないのだから……冷静でいないと)
 そのまま彼女は教室に向かうことなく、靴箱が見渡せる位置の壁にもたれかかる。幸太郎が来た時に彼の顔をどうしても見たかったのだ。
「…………」
 心を沈めるために目を閉じて、耳を澄ませる。先天的に鋭い聴覚は個人の足音を正確に聞き分けることができるので、幸太郎のそれを探しながらゆっくりと待つことにする。
 そのせいで登校した生徒たちの注目も集めていたが、今日のしほはバレンタインというイベントに舞い上がっていたので、幸いにもそれに気付くことはなく。
 そして、ニ十分程経ってからようやく目当ての足音が聞こえきた。
(――来た!)
 パチッと目を開けて顔を上げると、ちょうど幸太郎が靴箱の扉を開けて靴を入れようとしていた。
「……あれ?」
 そして彼は、中身を見て目を点にしていた。ポカンと口を開けて靴箱に入っているそれを眺めている。
「え? ん?」
 更に、そこがちゃんと自分の靴箱なのか疑って名前まで確認している。
「……ふふっ」
 しほは思わず笑ってしまった。
 予想以上に驚いている幸太郎が面白くて、かわいかった。
(あー、言いたい……わたしからのバレンタインチョコだよ――って、言いたい!! でも、まだ我慢よっ)
 今すぐにでも打ち明かして幸太郎に気持ちを伝えたくなるが、そこはぐっとこらえる。
 プレゼントしたいチョコレートはまだ四つも残っている。ここではまだ時期尚早だ。
「おはよう、幸太郎くん! たまたま登校時間がかぶったみたいね?」
 偶然を装って幸太郎に話しかける。
 彼は話しかけられたおかげで、ようやく我に返ったようだ。
「……あ、なるほど! そっか、しほが入れてくれたのか」
 しほの顔を見て彼はチョコレートが誰からのプレゼントなのかを察したらしい。
 ただし、しほはまだ打ち明けるつもりがないので、もちろん白を切った。
「な、なんのことかしら? チョコレート? にゃにを言ってるの?」
 ただ、ウソが下手なのでバレバレである。幸太郎はそんなしほを見て不思議そうに首を傾げていた。
「しほじゃない……ってことにしたいの?」
「わたしじゃないもーん」
「……なるほど」
 頷いて、幸太郎はチョコレートを取り出した。
 透明な包装紙でラッピングされた板チョコを眺めて、彼はニッコリと笑う。
「じゃあ、誰か分からないけどとりあえず大切に受け取っておこうかな。いやー、嬉しいなぁ」
 幸太郎はもちろん分かっている。このチョコレートが、誰の手によって作られたのかを。
 しかし、しほの意図を察して知らないふりをしていた。
「ふ、ふーん? そうなの……嬉しいのなら、何よりね。まぁ、わたしじゃないけれど」
 一方、しほはそんな幸太郎の優しさに気付いていなかった。
(幸太郎くんったら、おバカさんね……!)
 計画通りに幸太郎が騙されていると思っているのだ。
 そんな表情すら顔に出ているので、幸太郎には全部お見通しなのだが……彼はしほを優しく見るだけで何も言わなかった。
 こうして、波乱のバレンタインが幕を開ける――。



 二つ目の生チョコは、休み時間に幸太郎がお手洗いに行っている隙を見計らって机の中に入れておいた。
「あら、幸太郎くんったら。二つ目のチョコレートなんて、モテモテね」
「モテモテではないよ……あ、そういえば、さっき俺の机で何かやってなかった? しほが座っていた気がするんだけど」
「……き、気のせいじゃないの?」
 三つ目のトリュフチョコレートは、幸太郎に気付かれないようにさりげなく……いや、気付かれたけど強引にポケットに入れておいた。
「まぁ、三つ目? 幸太郎くんったら、女の子に人気者なのね」
「……しほ、それはいくら何でもそれは無理がない?」
「さぁ、知らないわ」
 四つ目のチョコレートクッキーは、もうめんどくさくなって直接渡した。
「幸太郎くん、さっき友達から渡してって言われたわ。受け取ってあげて?」
「え? しほ、俺以外に友達いたの?」
「……とにかく、受け取って!!」
 五個目のチョコレートタルトは、もう何も考えずにあげた。
「これ、道端に落ちてたわ。たぶん幸太郎くんのじゃない?」
「道端に落ちていたにしては、本格的だなぁ」
「だって、ママがほとんど作ったから……って、ウソ! 今のなし! 知らないけど、とりあえずもらって!」
 放課後になって、やっと五種類すべてのチョコレート菓子を渡すことができた。
(よーし、計画は順調ね……!)
 後はネタばらしだけである。
『実は全部、わたしからのバレンタインでしたー!』
 そう言ったら、幸太郎はきっと喜んでくれるだろうし、しほの頑張りを褒めてくれるはず――そんな未来図を頭の中に描いて、一人でニマニマと笑っていた。
 しかし、幸太郎と一緒に帰宅しようと玄関にやってきたところで、事件は起きた。。
「あ、またチョコレートだ」
 幸太郎の靴箱にチョコレートが入っていた。
 ただしそれは、しほの知らないチョコレートである。
「え!? そ、そんなはずないわ……入れてないもの!」
 慌てて幸太郎の靴箱を覗き込むと、確かにそこにはチョコレートがあった。
 しかも、簡単にラッピングしたしほのチョコレートとは違って、オシャレそうな小箱に入っている。更に、結ばれているハート柄のリボンからは女子力の高さを感じて、しほは思わずのけぞってしまった。
「……し、知らないっ。こんなの、知らない!」
「え? これ、しほが用意してくれたものじゃないってこと?」
 動揺するしほを見て、幸太郎も不思議そうに首を傾げていた。
「これも違う誰かがくれたもの――っていう設定じゃなくて?」
「設定じゃなくて!」
「……つまり、今までのはしほが用意したって認めてる?」
「わたし以外に幸太郎くんにチョコレートをあげる人なんて誰がいるの?」
「うん、まぁ分かってたけど」
「うぐっ……さ、サプライズのつもりだったのに! 『五個も作ったなんてしほは偉いね! さすが俺の天使だ……君以上の女の子なんていない! ご褒美になでなでしてあげよう』って幸太郎くんに言わせようと思ってたのにぃ」
「俺って、しほの妄想では結構面白い男になってるね。そんなこと絶対に言えないよ」
「誰!? この六個目のチョコレートは、誰からのプレゼントなの!?」
 六個目のチョコレートの持ち主。
 それが気になって、しほはもうバレンタインどころではなくなっていた――。



 朝のふわふわモードから一転して、今のしほはもやもやモードだった。
「緊急幸太郎くん会議をします!」
 中山家でのリビングにて。
 本日幸太郎がもらった六個のチョコレートをテーブルの上に並べてから、しほが声高に宣言する。
 隣り合わせでソファに座っている幸太郎はキョトンとしていた。
「『幸太郎くん会議』って何?」
「幸太郎くんについての話し合いをするのよ」
「いや、意味は分かるけど……俺が話すことなんてあるかな」
「あるでしょう!? だって、わたし以外の女の子からもチョコレートをもらってるじゃない……っ!」
 しほは意外と独占欲が強い。
 幸太郎がコンビニの女性店員さんからお釣りをもらっただけで、少しだけ不機嫌になっちゃうくらいには、めんどくさい一面がある。
 だからこそ、今回の件は看過できない由々しき事件だったのだ。
「わたしの知らないところで他の女の子とも仲良くやっていた――そういうことよね?」
「そうなっちゃうかー」
「名前が書かれていないから誰からのものなのか分からないわね。心当たりはないの?」
「うーん。しほ以外の女の子とあんまり話さないけど……まぁ、一人だけ可能性がある子はいるかも」
「だ、誰!? わたしに隠れてイチャイチャしているその子は、いったいどこの誰なのっ」
 しほは前のめりになって幸太郎を問い詰める。
 彼女にとっては不安で仕方ない状況なので、その顔つきもどこか切羽詰まっていた。
 そうやって力む彼女をあやすように、幸太郎は柔らかい言葉を発した。
「梓じゃないかな――って。女の子というか、家族だけど」
 チョコレートをあげるような関係性のある異性といえば、しほを除いて一人しか幸太郎は思いつかなかったのである。
「だから、しほが心配しているようなことは一切ないと思うよ」
 そう伝えて、しほの不安を取り除こうとする。
 しかし、今の彼女は視野がとても狭くなっていた。
「あずにゃんが? そんなわけないじゃない! あのいつもツンツンしてて『おにーちゃんなんて別に好きでも嫌いでもないもーん』とかナマイキなことを言ってる子が、バレンタインにチョコをあげるようなかわいいことするわけないわ! そんなことしてたらキュンキュンしちゃうけれど、あずにゃんは素直じゃないから絶対に幸太郎くんにチョコなんてあげないもの!」
 普段の梓はしほにだけ過剰に冷たい。そのイメージが先行しているせいで、少し勘違いしているようだ。
「でも、俺にチョコをあげるような人は梓しかいないと思うよ?」
 と、幸太郎が反論したところで、タイミング良く彼女が家に帰ってきた。
「ただいまー……あ、おにーちゃん。あのね、今日はバレンタインだけど――」
 と、梓がリビングに顔を出して何かを言おうとしたところで、しほが勢いよく立ち上がって彼女の発言を遮った。
「あずにゃんは幸太郎くんにチョコをあげるなんてしないでしょう!?」
「……え?」
「だって、いつもツンツンしている義妹ちゃんが、バレンタインだけ素直になってチョコをあげるなんて……そんなことしてたらかわいすぎるわっ。まるでおにーちゃんが大好きなブラコンじゃない!」
「――ぅぐっ」
 梓は喉を詰まらせたような音を出した。
『まるでおにーちゃんが大好きなブラコンじゃない!』
 その一言に彼女は封殺されてしまったのだ。
「しほ? 梓は結構、ブラコンなところがあって……」
「ないもん! 梓はブラコンじゃないからね!?」
 しかも助け舟を出そうとした幸太郎を反射的に否定してしまったことで、梓は逃げ道を自ら塞いでしまっていた。
「ほらー! 本人が違うって言ってるのよ? いいかげんに、この六個目のチョコレートは誰からのプレゼントなのか白状しなさいっ」
 しほはオシャレな小箱に入っているチョコレートを持ち上げて、幸太郎の眼前にグイッと突き出す。
 それを見て梓は変な汗をかいていた。
「あ、あうぅ……」
 明らかに様子が変で、幸太郎もそれに気付いているが、余裕のないしほだけはもちろん分かっていない。
「み、見れば見るほど素敵なバレンタインチョコレートだわ……手作りかしら? 幸太郎くんのために、包装紙や容器にまでこだわっているのね。よっぽど幸太郎くんが大好きなのよ!」
「あわわわわわっ」
「……えっと、どうしたらいいんだ」
 しほの暴走に慣れている幸太郎でも今回は対応に困っているようだ。
 さっきまで平然としていたのに、彼まで戸惑い始めている。
 場がゴチャゴチャして収拾がつかなくなりつつあった。
「こんなに幸太郎くんのことを深く思っている女の子が、わたし以外にいるなんて思ってなかった……幸太郎くんがわたしじゃなくて、その子を選んだらどうしよう? やだ、まだまだやりたいことがたくさんあるのに、ダメよ! でも、いけないわ……胸がもやもやして我慢できないの。こんなこと言ってたら嫌われるって分かっているのに、どうしようもないの」
「わ、分かってる。だからしほ、落ち着いてくれっ。ほら、梓も素直になろう! このままだとしほが……!」
「え? え? えー!?」
 幸太郎もなんとかなだめようとするが、しほはもう止まらなかった。
 目から光がなくなって、彼女は抑揚のない声でこんなことを囁く。
「嫌われるくらいなら、このまま幸太郎くんをにゃんにゃんしてしまえばいいのね。そうしたら、思い出の中の幸太郎くんは綺麗なままだもの」
「にゃんにゃんって何? しほ、怖いんだけど、それはどういう意味!?」
「ねぇ、包丁ってある?」
「やっぱりそういう意味か! お、落ち着いてくれ、しほ……お願いだから、正気に戻ってくれ!!」
 リアクションが薄い傾向にある幸太郎ですら、声を張りあげて慌てていた。
 二月十四日。素敵なバレンタインになるはずだったのに、いつの間にかにゃんにゃん事件にまで発展しようとしている。
 それに終止符を打ったのは――涙目の中山梓だった。


「あじゅしゃがあげましたっ」


 まるで、サスペンスドラマで犯人が自白するように。
 観念した……というよりも、罪悪感と後ろめたさと恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら目をウルウルとさせている梓が、震える声を発していた。
「…………え?」
 その瞬間、しほはやっと我を取り戻した。
「あずにゃん? 今、なんて言ったの?」
「だから、その……梓が、あげました」
 おろおろとしながらも、しっかりと頷く梓。
 それを見てしほはポカンと口を開けていた。
「それは、すごくおかしいわ」
「な、何が?」
「だって、義妹なんだからお家であげればいいのに、学校の靴箱に入れる意味が分からないもの。そんなのまるで、家だと恥ずかしいからあげられなくて、それでも日ごろの感謝と愛情を伝えたいから、勇気を出して学校であげたみたいじゃない」
「…………」
「しかも、名前を書いてなかったでしょう? これだと幸太郎くんがホワイトデーにお返しできないじゃない。そんなのまるで、見返りは求めていないけど、とにかくチョコレートをあげたいくらい彼のことを愛しているみたいじゃない」
「…………」
「だいたい、普段は幸太郎くんに対してツンツンしてるくせに、バレンタインだけデレデレになっちゃうのもおかしいわ。そんなのまるで、おにーちゃん大好きで隠れブラコンのかわいいツンデレ妹みたいじゃない?」
 怒涛の連撃が梓の恥辱心を大きく揺さぶった。
 小さな少女はしほの言葉によろめいて、ついに目から大粒の涙をこぼし始める。
「――ひぐっ」
 そして、梓の中で何かが爆発した。
「ばか……霜月さんの、ばかー!」
 照れ隠しの行為が、まさかにゃんにゃん未遂事件にまで発展するとは思っていなかったのだろう。もう色々と限界だったようだ。
 顔を真っ赤にした梓は、幼児みたいに号泣しながら真相を打ち明けた。
「そうだよ!? 日頃の感謝と愛情を込めておにーちゃんにチョコを用意したけど、家で渡すのは恥ずかしいし、そもそも普段は素っ気ないのにこういう時だけデレるのも恥ずかしくて、だけどどうしてもプレゼントしたかったから、勇気を出して学校の靴箱に入れて、それでもやっぱり名乗る勇気はなかったような、ブラコンでおにーちゃん大好きな義妹だけど、何が悪いの!? いいじゃん! バレンタインくらいしか素直になれないんだから、許してよばかー!」
 中山家のリビングに、梓の絶叫が響き渡る。
「霜月さんのいじわるっ! うわーん、おにーちゃんっ」
 それから彼女は我慢できなくなったようで、幸太郎の胸に飛び込んで泣きじゃくり始めた。
 そんな彼女を幸太郎はよしよしとあやしながら、小さく笑った。
「まぁ、うん……梓は天邪鬼というか、こういうところもあるんだよ。しほが『まさかありえない』って否定しちゃうくらいに、かわいい一面のある女の子だから」
 その言葉で、やっとしほは目に光を取り戻した。
「……そ、そういうことだったのね。あずにゃん、ごめんね?」
 すぐに梓に謝ったが、もう手遅れだったようで。
「ばかっ。霜月さんなんてだいっきらい」
 涙目でぷいっとそっぽを向かれてしまった。
「うぅ、本当にごめんなさーい!」
 ――六個目のチョコレートは、普段は素直になれない義妹が勇気を出したプレゼントだった。
 決して、幸太郎がしほの知らない女子と仲良くしていたわけじゃない。
 それを知って、しほは安堵すると同時に……妹みたいに愛しく思っている少女に嫌いと言われてしまって、今度は彼女が泣きそうになってしまうのだった――。



 何はともあれ。
 とりあえず、しほが懸念していた幸太郎への疑いは無事に晴れた。
「あずにゃんで良かった……わたしにとっても妹みたいな存在だし、幸太郎くんにチョコをあげる権利があるものね。ふぅー……」
「ため息をつきたいのはこっちだよ。まったく……梓、拗ねてたなぁ」
 騒動が終わって。ふてくされた梓が部屋に引きこもったので、今は幸太郎としほは二人きりだった。
「な、仲直りできるかしら? もう一回ちゃんと謝ったら許してくれる?」
「どうだろう……梓は意外と根に持つ性格だから」
「そんなっ」
 落ち込むしほを見て、幸太郎は笑いながらほっぺたをかいていた。
 その顔つきは安堵のせいか緩んでいる。今回の一件、実は誰よりも肝を冷やしていたのは幸太郎だったのかもしれない。何せ、にゃんにゃんされてしまいそうだったのだから、それも無理はないだろう。
「これに懲りたら、次からはあんまり暴走しないでくれよ……俺はしほ以外に仲のいい女の子なんていないんだから、信じてくれ」
「……うん。ごめんなさい」
 本気で反省しているしほが素直に頭を下げて、幸太郎も満足したように頷いていた。
「よし。じゃあ、梓と仲直りする裏技を教えておくよ」
「う、裏技があるの!?」
「うん。彼女は甘い物が好きだから、後でこのチョコレートを持って行ってあげよう。最初は聞く耳を持ってくれないと思うけど、強引に口に入れたらすぐに機嫌を直すよ」
「……そんな単純な方法でいいのね」
「ちなみに、しほにもその傾向があるんだけど自覚はない?」
「わたしはそんなに単純じゃないもんっ」
「結構、二人は似ているけど」
 そうやって雑談していると、少しずつしほの気持ちも落ち着いてきた。
「じゃあ、あずにゃんには後でもっていってあげるとして。その前に、幸太郎くんになでなでしてもらわないといけないかしら」
「え? なでなで?」
 さっきまでは暴走して迷惑をかけた罪悪感と、梓に嫌われたショックで落ち込んでいたが……やっといつもの調子が戻りつつあったのだ。
「あのね、これは全部わたしの手作りなのよ? 今日のために、ママに教えてもらいながらがんばったの……だから、食べて?」
 そう言ってから、一番自信のあったチョコレートクッキーを手に取るしほ。
 透明な袋の中からハート型を選んで取り出した彼女は、そのまま強引に幸太郎の口元に押し付けた。
「むぐっ」
 勢いがつきすぎて、しほの指が幸太郎の唇に触れる。
 しかしそれでも遠慮せずにしほは幸太郎の口内に入れてあげた。
「わたしの味、どうかしら」
「ど、どっちのこと?」
「好きな方の感想でいいけれど」
「いや……まぁ、両方美味しいんだけど」
「それならいいじゃない」
 肩をすくめてから、幸太郎に近寄った。
 ソファが沈む。幸太郎の方が重いので、自然とそちらに傾いた。重力に身を任せて彼に寄りかかると、そのまま頭を差し出した。
「はい、どうぞ。がんばったからご褒美をくれる?」
「……そういうことか」
 ここでようやく幸太郎も察したようで、素直にしほの言うことを聞き入れてくれた。
 彼の手がしほの頭に触れる。しほよりも大きくてたくましい手のひらに撫でられて、彼女は心地良さを感じていた。
 二月十四日は、少しビターな味も混じったものの、結果的には甘い一日になっていた。
「色々あったけれど……幸太郎くんになでなでしてもらえたから、もうそれでいいわ」
「こんなことでいいの?」
「こんなことだからいいのっ」
 無邪気に笑いかけると、幸太郎もつられるように笑ってくれた。
 そんな二人の関係は、ヒロインとモブキャラといったものにはとても見えないのだが……はたして――?


※ ※ ※


霜月さんと幸太郎のはじめてのバレンタイン、いかがでしたか? 

幸太郎の義妹の梓も、チョコ作りをがんばってくれました笑

「霜月さんはモブが好き」、
最新4巻、好評発売中です




そちらもぜひぜひ、よろしくお願いいたします!
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