第1話 念願の寝具を手に入れた時の事


 嫁のスズランとラッテ、子供達のリリーとミエル。

 家族と幸せに暮らしながら、このまま村で安全で変化があまりない平凡な生活が続くと思っていた。

 そんな矢先、魔王の部下を名乗る魔族が現れた。

 俺は半ば強引に魔王城へ連れて行かれると、とある島で魔王をやれと無理やり任命させられる。

 魔王となった俺は好きにしていいって事だったので、与えられた奴隷達と、無人島で新しく村を作ろうと奮闘していたら、船を発見したという狼煙のろしが上がった。

 そして狼煙を上げた見張りが俺の所に慌てて走って来て、船が島の方へ向かって来ていると報告して来たのだった。

 

 走って岬まで行くと、確かに船首がこちらに向いている。

 しばらくすると帆をたたみいかりを下ろしているのが見えた。そして武装した人間が数人、小舟に乗り込んでいる事から島に上陸しようとしているのがわかる。

「もう討伐されるのか? まだ六日目だぞ?」

 少しだけ不安になり、弱音を吐いてしまった。

「何とも言えませんね……」

「先に言っておきます。俺が死んだら、俺にこき使われていたとか言って、あの船に助けてもらってください」

 ある程度島で生きて行ける基礎は整えたが、まだまだ足りない。俺が死んだら、ある事ない事言って助けてもらった方が絶対いいからな。

「……わかりました。正直奴隷になる前の生活より今の生活の方が充実し過ぎてて、帰るのが惜しいです。皆と話し合って残る者と、出て行く者を決めます」

「お願いします」

 しばらく眺めていると小舟が近づいて来た。

 武装しているのが六人、船を漕いでいるのが八人か。さてどうなるかな。取りあえず大声を出して両手を振っておくか。

「おーい! おーい! これだけ大声を出せば気が付いてると思うんですけどねー」

「えぇ、こっちを見てるので気が付いてるとは思いますが」

 しばらくして小舟が止まり、リーダーと思われる人物が話しかけて来る。

「遭難者か? それなら助けるが魔族は信用できん。助けて欲しい場合は大陸まで拘束させてもらうが構わないか?」

「遭難者じゃない。ここに住んで開拓している。物資の売買がしたくて狼煙を上げてたんだ。もし宜しければ交渉させて欲しい」

 俺が交渉の提案をしたら、傭兵と船員が小舟の上で相談している。

「少し待て!」

 そう言うと、ローブを着たいかにも魔法使いっぽい奴が何やら詠唱を始め、口を動かしたかと思ったら、風でローブが少しだけ揺れた。おそらく船と連絡を取っているんだろう。しばらくしたら船の方から、何かの目印と思われる火の球みたいなのが空中に一つ上がった。

「あの船は貨物船だ。俺達は傭兵で依頼主が乗っている。その依頼主が話し合いに承諾した。船まで来るなら商談ができるぞ」

 信用ができないから、敵地に乗り込んで来いって事か。

「んじゃ行って来ますね。俺が戻らなかった場合は何とか生き残ってくださいね」

 とりあえず何があってもいいように、狼煙を上げてくれた男性に一言残しておく。

「え? 魔王様!? ちょっと──」

「わかった! そちらに出向くので交渉させていただきたい! どうすればいいですか?」

 男性の声をかき消すように大声で返事をした。魔王ってバレたくないし。

「泳いで来い! それとこちらに来たら拘束させてもらう」

 上陸してくれないし、保険もばっちり掛けてるね。当たり前だよな。俺、魔族だし……。

 俺は海に入水し、クロールで小舟まで向かい乗せてもらった。

「お邪魔しまーす」

 少しフランクに言ってみたが、周りの目は険しい。傭兵の一人が拘束用ロープを持っていたので、取りあえず笑顔で対応してみた。

「手は前? それとも後ろ?」

 俺の言葉を聞いた男は、警戒しながら後ろだと言ったので、背中を向けてから腰の辺りで手首を合わせ、大人しく縛られるのを待つ。

「おい、本当に言う事聞いたぜ? 酒、奢れよな」

「チッ、しかたねぇな」

 賭けの対象になっていた。

 まぁこれくらいじゃ怒る気にもなれないので、大人しくしていよう。

 小舟が船の方に回頭し、かいで漕ぐ音と波の音だけが聞こえる。

「おい魔族。なんで交渉なんかしたいんだ?」

「生活するのに物が圧倒的に足りないんですよ。食糧、道具、寝具、何でもいいんです。あればあっただけどうにかして手に入れたいですね。最優先は食料ですが」

 手に入れたいという言葉に反応したのか、小舟の中が殺気立った。

「妙な真似はするなよ、魔族の臭ぇ返り血なんか浴びたくもねぇからな」

「同感ですね。俺も斬られたくはないです」

「挑発にも乗らねぇか」

 傭兵の男が悪態をくが、前世のゲームとかで散々煽り耐性は付いてるから、これくらいじゃ全然頭に来ないんだよなぁ。まぁ、性格もあるけどね。

 しばらくして船に着き、なわばしを上ろうとしたが両手を後ろで縛られてるので上れない。そう思っていたら上からロープが下りて来て引っ張り上げられた。なんか酷い扱いだが島民の為だ。これくらいどうって事はない。

「お前が交渉したいと言っている魔族か。お前なんていつでも殺せるという事を忘れるなよ?」

 引き上げられたら、真っ先に船長っぽい人からそんな事を言われ、既に用意されていた椅子に無理やり縛り付けられた。

 そして船員が取り囲み、剣を向けて来る。正直怖いが、魔族に過剰に反応し過ぎじゃないか? そんなに嫌いなの? まぁ、俺としては別に交渉できればいいけど。

 しばらく睨まれつつ、その視線を特に気にする事なく遠方を見ながら時間をつぶしていた。

 するとミディアムな髪をオールバックにしている、背の高い痩せ気味のきりりとした顔の男が少し離れたところに現れる。

 海上の強い日差し、暑さを避ける為か、薄い布のダボダボとした大きめの服に、民族衣装を思わせるようなベストを着ている。

 おー、アラビアン商人風だな。

 その男がニコニコと笑顔で話しかけて来た。

「初めまして、話に聞いている魔王とはかなり印象が違いますが、ただの部下の魔族ですかね? こちらとしては、取引できる相手とは、極力交渉すべきだという考えですので、とりあえず話はさせてもらいますが……。何をお望みですか?」

 商人は、俺の顔を覗き込むように少しだけ腰を曲げた。

「簡潔に言うと最優先は食料ですね。できれば小麦かジャガイモが欲しいです。それと、あれば寝具五十一人分。余裕を見て六十は欲しいですね。ないなら最低でも五人分をどうにかして売って欲しいです。商品になくても、この船に乗ってる船員のでも構わないので、個人的に売っていいという物があれば確保したいですね。お金はありますが、なるべく使いたくないので、まずは交易と言う形で商品が欲しいです。他にもありますが、とりあえずそれだけは融通して欲しいんですけど」

 商人は腕を組みながら、目を細めつつ俺に質問して来た。

「食料はなんとなくわかります。寝具五十一人分というのは何故ですか? ないなら五人分は船員のでも手に入れたいと言う理由は?」

「島には俺を含め全員で五十一人いて、うち子供が五人います。せめて子供の分だけでもどうにか確保したいんです」

 商人は少しうなりながら目をつぶり、時間を置いてからまた質問をして来た。

「今から質問をします。正直に答えてください。そうすれば考えます。あの島は魔王がよく住み着き、ここ最近勇者に討伐されていなくなったと聞いていますが、魔王はいないのですか?」

 これは覚悟を決めるしかないか?

「──魔王は、います……」

 俺が漏らすように言うと、周りが騒ぎ出す。

 嘘は得意じゃないんだよなぁ。しかも信用とか信頼とか言いそうな商人かもしれないし、正直に答えておく。

「ほう……。それは君かい?」

 やっぱりそう来るか──

「そうです……」

 その言葉で周囲はざわめき、数名の船員が俺に切りかかろうとするが、周りに抑えられる。

「なぜ大人しく従うんです?」

「島の人族の為にです」

「嘘をつくんじゃねぇクソ魔族が!」

 抑えきれなかった船員が叩き付けるように片刃の剣で切りかかってくる。とっに反動を利用して右側に椅子ごと倒れると、俺の座ってた場所に剣が振り下ろされた。

 剣が深く刺さっているので、本気で振り下ろして来たのだろう。幸い足は拘束されてなかったので、左足で剣を思い切り蹴って曲げた。

 いやー洒落しゃれにならないなこれ。

「こちらから手を出すつもりは一切ありませんが、攻撃を仕掛けられたら、さすがにやり返しますよ?」

 倒れたまま船長を睨むと、顎をしゃくり、剣を振り下ろして来た船員は奥に連れて行かれる。

 俺はその場で起こされた。

「すまない、船乗りは喧嘩っ早いのが多くてな」

「えぇ、構いません。死んでないので許しますが、次は反撃しますからね?」

「おう! てめぇら! 話は聞いてたな? やられてもてめぇのせいだからな!」

「椅子に縛られてる奴に何ができる! やれるもんならやってみやがれ! これで俺は英雄だぜ!」

 船長が大声で忠告したが、一人が切りかかって来たので、急いで持ち手のない【黒曜石の苦無】を、少年野球のピッチャー程度の速さで射出して、足を甲板に縫い付けた。

 周りの殺気が強くなったので、さらに自分の周りに三十本ほど形が不揃いな【黒曜石の苦無】を浮遊させ、全員をかくする。あー、溜息しか出ないな。

「どうして大人しく交渉させてくれないんですかね? 怒りますよ?」

「いやー、私的にも交渉はしたいんだけどね……」

「俺もです。信用を得ようと、言われた通り従って大人しくしてるのに、これじゃ台無しです……」

 目を瞑りながら首を振る。縛られてなければ両手を軽く広げ、少し大げさなジェスチャーも加えていたところだ。

「その浮いているモノはそのままでいいので、質問を再開してもいいかい?」

「引っ込めろとは言わないんですね」

「せめて交渉中は邪魔されたくないからね。一応これでも商人ですから」

 ニコニコと、そんな事を言われてしまった。

「助かります」

 変にこだわりを持ってるな……。けど好感は持てる。

「じゃあ次の質問です。なんで子供の分だけでも確保しようとしたんだい?」

「俺にも子供がいます、子供はなるべく不幸にさせたくはないので……。もう床に枯草を敷いて寝させたくはないんですよ」

「……わかった。食料はあるが寝具はない。君が差し出せる物品をお金に換算し、寝具を売ってもいい奴がいないか船員に聞いてみる。最悪私が雇っている傭兵のを譲ろう」

 目を見ながら真剣に訴えかけたのが効いたのか、こちらの提案に乗ってくれた。物凄く良い人だな。

 けど……、雇ってる傭兵の寝具を買い上げるのかよ。商人って怖いな。

「ありがとうございます」

「で、何が出せるんだい?」

「大人くらいの重さの鹿のえだにく二頭分と、猪の枝肉一頭分。あと熊の毛皮ですね。肉は昼に狩って来た物なので新鮮さは保証できます。多分もう内臓を処理しているはずです。それとの木の樹液を煮詰めて作った砂糖と、海水から作った塩。親指くらいの大きさの甘酸っぱい実が少し。魚もありますが、ここは海の上です。多分要らないでしょう。まだ島に来て六日しか経ってないので、貯蔵量も乏しいんです。干し肉か塩漬けにもしたいんですけど、干す場所も塩も足りてないので、丸々燻製にできる方法を試しています。まぁ、まだそれも三日経ってないので生乾きですけどね。それを混ぜてもいいならもう少し肉を出せますが」

 目の前の商人は何も言わずに聞いてるので、続ける事にする。

「あとは畑を作ろうとした時に、切り倒した生木もあります。木材として使いたいなら、海に浮かべてロープで縛って牽引していけばいいと思います。今のところそれくらいしかないんですけど、小麦かジャガイモが手に入ったら、植えて生産させるつもりです。魔族側の物品が嫌なら、子供の分の寝具を買う為の金を、転移魔法で故郷に一旦戻って私財から出します」

「交渉に入る前に少し聞かせてくれます? 今戻れるといいましたが、なんで帰って持って来ないんですか? 故郷に色々売ってないんですか?」

 核心を突いて来るな……。商人との交渉を舐めてたわ……。

「なるべく島の物だけでやりくりをして、どこまでこの島を開拓して発展させられるかを試したいんですよ。最初に金を出すのは簡単ですが、領地でやりくりするのも必要だと思ってそういう風にしています。あと、島に住んでいる人族や魔族を増やせるかを俺は試してみたいんですよ。島にいる人族は俺が魔王になった時に与えられた奴隷です。流石に奴隷からは解放してありますし、必要最低限の物資は持って来ました。ですが五十人分の小麦を毎回持って来るのは厳しいです。一袋分は製粉していない小麦がありますが、開拓して畑にしたら撒く気で持って来ただけですので、今すぐに収穫できません。だから食料として小麦とジャガイモを挙げました。ジャガイモなら今撒いても早く収穫できますので」

 開墾したばかりで、土に自力があるから多分一回目の収穫は平気だと思い、色々考えていた事を喋る。

「んーそうか。その故郷に戻れる魔法は何かしら制限があって、あまり物が持てないんだろうね。わかった。とりあえずこちらの生活に支障が出ない程度の物を、交易品として取引しようか」

「助かります」

「これも何かの縁だ。多少の寄り道をしたとしても、今後大口になるかもしれない取引相手が出来るなら問題ないさ」

 初めての商人さんだ。今後も贔屓ひいきにさせてもらうつもりだから、大体言ってる事はあってるな。

「けど肉の価値がわかりません。どれくらいが、どの程度で取引されてるのかがわからないんですよ」

「そうだねぇ……。人族と魔族の貨幣の価値はある程度同じって知ってるかい?」

「ある程度は……」

 数年前に最前線基地で、牢屋にいた人族から大体は教えてもらったのでなんとなくはわかる。

「じゃあ、まずは物を見せてもらおうか。船長、悪いんだけどあの島まで行ってくれ」

「俺が確認してる範囲で言うと、湾の周りは遠浅で、湾内じゃないとこの船だと接岸できないです」

 大型船は接岸できないっぽいので、とりあえず忠告だけはした。

「了解。新鮮な肉はこっちが引き取りますよ。船員も干し肉ばかりじゃ飽きるでしょうからな」

 そう言っていかりを上げ、帆を張った船は湾内に入って行く。ちなみに俺は椅子に縛られたままだった。

 湾内に入ると、椅子のまま小舟へと運ばれる。

 岸が近づいて来たところで、皆に無事である事を大声で伝えた。

「おーい、一応生きてるぞー」

 縛られてなければ、手を振っているところだけど残念だ。

「あれで生きて帰って来る方がすげぇよ」

「あぁ、あんな状態で生きてる方が確かにすげぇな」

 そんな言葉が聞こえる中、俺は波打ち際に下ろされた。

「お前達がこの魔王を殺したいと思うなら殺せ、手伝うぞ。コイツを必要とするなら縄を切ってやれ」

 そんな事を船員が言って、島民にナイフを渡している。あー、試されてるんだね……。

 狼煙を上げた男は傭兵からナイフを渡され、迷わず縄を切って俺を救出してくれた。いやー皆に優しくしてて良かったよ。

「はい、ありがとうございます。一応皆の前で報告するので、家の前まで行きましょうか」

 商人と共に皆のところに行き、今までの事を話し始める。

「ってな訳で勝手に交渉材料として、鹿と猪、砂糖と塩を使わせてもらいました。許してください」

 少しざわついたが、魔王様の判断なら別に構いませんって事になり、商人は早速物品を見ている。

「んー、島に人が立ち入らなかったから体が大きいんですかね?」

 まず初めに鹿や猪を見て品定めをした。

「砂糖もよい香りが口に広がりますね。この塩は角が立ってないし、まろやかですね」

 次は壺に保存してある砂糖を舐め、味や湿気ってないかを確かめると、塩も同じように確認し始めた。

 そして品定めが終わったのか、何かを弾いている。

「これくらいでしょうか?」

 そう言いながら、俺の前にそろばんっぽい物を出して来た。

「正直その道具が何だかわからないです。それに近い物を見た事ならありますが、それと同じ物なのか、俺にはわかりません」

「これはですね、勇者様が伝えた計算をある程度簡単にしてくれるものなのです。この一番端が銅貨、次が大銅貨と言った感じです」

 算盤で合ってたわ。

 見てみると大銀貨二枚の銀貨八枚の大銅貨三枚となっていた。単純計算で肉が八十キログラムとして一キログラム大銅貨一枚か、その他も含まれてるんだろうと思うけど、正直物価がわからない。

「すみません。おろしがどのくらいで、売値がどのくらいになるのかがわかりません……。だから提示された値段が正しいのか、買い叩かれてるのかもわからないんです。もちろん小麦もですね」

 前世だとトンいくらの世界だからな。未加工輸入小麦で、たしかキロだと五十円前後だろ? 米一俵が六十キログラムだから、小麦一袋を六十キログラムで考えて三千円? 一袋原価大銅貨三枚って考えれば良いのか? んー考えても相場がわからない。

 けど村から持って来た時に、一袋はそんなに重くなかった気がするな。スズランの方が少しだけ軽かったしな。けど小麦粉一カップ百グラムだったよな? 家庭科でやったし……よくわからん! 小麦粉の重さは水の二分の一なんじゃね?

 この値段でどのくらいの小麦が買えるんだ? 村にいた時は小麦なんか買った事ないからわからねぇ。町にいた時の小麦の相場は見たけど、卸値とか知らなかったし……。

「ならですね。信じてもらうしかないです」

 しゃがみ込み、砂浜に棒で色々書きながら両手を組んで唸っていると、そう声をかけられた。

 そして俺は考えるのを止めた──

「わかりました。信じましょう!」

 これが一番楽っぽい。

 後で元商人の奴隷でも買うかな? それか、誰か連れて来るか?

 けど閉鎖された環境って、ある意味怖いって事がわかった。情報が周りから入って来ないからな。

「けど、小麦とジャガイモを買った時の書類ならありますよ」

「あ、見せてください」

 なんだ、あるなら原価とかある程度わかるじゃないか。

「船にあるので、小麦を取りに行く時にでも付いて来てください」

「わかりました」

 そんな感じで交渉が終わった。

 船長が鹿肉一頭分を俺の言い値で買ってくれて、代金を受け取る。

 ここでバラして焼いて食べると言うので、折角なのでサービスとして薪はこっちで用意した。生木だけどな。

 食事中に船員が池から流れて来る水を見て、しばらくしてから口を開いた。

「これ、飲める?」

 そんな事を聞いて来たので正直に話し、まだ水は俺が魔法で出していると言ったら、金は払うから体を洗いたい、水を出してくれと言われた。

 人族の魔法使いは水魔法を使えるけど、元々ある水を使って攻撃に利用するから、真水は作れないらしい。

 なので空いているかめに水を満タンにする約束をして、水球を作るイメージを始めた。

「飲みたい奴は飲めー」

 と言って、その辺に【水球】を浮かべ、体や服は勝手に洗わせた。

 海水で体や服は洗えないからな。服は傷むし、体はさっぱりできないし。

 そんな事を考えてたら、歓喜の声をあげながら、一人が綺麗な水球に飛び込んだ。

「ふぅーー。キモチイィー」

 周りの目を気にせず、そんな事を言ってる。

 アイツのせいで綺麗な水球が台無しだ。周りを見ろよ、同僚と傭兵が睨んでるぞ?

 そんな事をしていたら、先ほどの魔法使いが興味を持ったのか、料理の載った皿を持って話しかけて来た。

「どうやって、真水を何もないところから作れるんだ? ぜひ教えて欲しいんだが」

 俺は交換条件を出し、相手が承諾したら教える事にした。

「さっきの遠くにいた相手に、言葉を送る方法を教えてくれたら教えますよ」

「それなら簡単だ。風に声を乗せるだけだ」

 風上で喋ると、声が良く聞こえるアレか?

「けど、誰も気が付かなかったらどうするんです?」

「だから事前に言っておいて、そこに向かって風に乗せればいい」

 一方通行で、相手が意識してないと駄目って事か。今まで必要なかったから使わなかったけど、使いどころが限定されるな。できるなら少し改良してみるか? 多分改悪だけど。

「ありがとうございます。真水ですけど、今まさに、この空気の中に沢山あるんです」

「ん?」

 魔法使いは、理解できないというような顔でこちらを見ている。もう少し噛み砕くか。

「たとえばお湯を沸かすと湯気が出ますよね? あれって物凄く小さくなった水の粒なんです。ですからその小さくなった水がこの辺にいっぱいあるんですよ。それを集める感じです。お湯の沸いている鍋の上に、皿とか載せると水滴になりますよね? あれと同じです」

 そう言って俺は指先に【水球】を生み出す。

「なるべく広くから、沢山一ヶ所に集めるようにイメージしてください」

 そう言うと、魔法使いは持っていた皿をテーブルに置き、手の平を上に向け集中している。

 少し手が湿ったが上手く行かないらしい。

「じゃあ、手で水をすくうようにして、その上にかなり広い範囲に集まるように思ってみては? 村の皆に教えた時はこの方法でしたよ」

 かなり前にクラスメイト達に教えた方法だ。そう教えると手の平から水が溢れ出し、ダバダバと溢れて地面に染み込んで行く。

「魔力効率が悪い。やっぱり水魔法は、その辺にあるのを利用した方がいいな。けど真水がなくなった時は重宝しそうだ。感謝する」

「いえいえ」

「言葉を遠くに運ぶのもやってみてくれ」

 そう言われたので、風をヴォルフの方に向けながら小声で名前を呼んだら顔を上げてこっちの方を見ている。聞こえていたらしい。散歩の『さ』に反応する犬みたいだ。

「成功ですね。今あの狼を呼んだんですけど反応しました」

 ヴォルフを指差し、笑顔で魔法が成功した事を伝えた。

「そ、そうか……。できれば人に試して欲しいんだが」

「あーすみません。『ねーねー、ちょっとターニャとソーニャを連れて来て欲しいんだけど』」

 子供達に向かって使ってみる。

 そうすると、一人がキョロキョロと辺りを見回し俺を探している。そして俺を見つけたのか二匹とも連れて来てくれた。

「ありがとう。向こうでお肉食べに戻っていいよ」

「はーい」

「どうです?」

 少しだけドヤ顔で言ってみる。

「うん……いいんじゃないか?」

 なんか歯切れが悪いが、まぁいいか。

「ごめんな、ちょっと呼んだだけなんだ。皆の所に戻っていいよ」

「ワフン!」「ワォン!」

 ヴォルフと一緒で言ってる事を理解してるのか、短く返事をして走って戻って行く。

「なぁ、お前、この島の人族の中に特に親しい奴はいないのか?」

 だから歯切れが悪かったのか……。

「…………あぁ、正直に言うとまだいない」

「……すまなかった」

 本当に申し訳なさそうな顔をしている。

「平気だ。帰れば嫁も子供も仲間もいるからな」

「寂しい奴め」

「否定できないのが悔しい。だけど時間をかけて親しくなってみせるさ」

 まだ島に来て六日だ。そんなに親しくなれるはずないじゃないかよ。

 船乗りや商人達の食事が終わり、商品を受け取りに船まで行ったら、コックに申し訳なさそうに話しかけられた。

「すみません。調理場の水瓶も満たして欲しいんですけど」

 料理場の真水の補給も頼まれたので、特に断る理由もないから満たしてあげた。

「洗濯物溜まってるんですけど、水を出してもらっていいですかね? お金払うんで」

 俺がキッチンの水瓶を満たしていたのを見ていたのか、甲板に出ると大量の船員からそんな事を言われ、それに快く返事をしたら、待機していた船員が大量に押し寄せて来て大混雑になった。仕方がないので甲板に【水球】を三個出してから商談に戻る。

「これが買った時の書類です」

 持って来た書類は、買った袋の量と値段が書いてあって、サインと蝋で判子が押されていた。人族の文字は読めないけど、数字は同じだったからなんとなくわかった。頭の中で暗算してみると、さっき言われた値段より一袋辺り銅貨二枚ほど高いのがわかる。横に流すだけだと儲からないから、仕方ないと思い承諾した。

「書類があるならサインしますけど?」

「書類? 必要あるんですか?」

「小麦とジャガイモを売った数を紙に書いてください。それに名前も書きますから。大陸に着いて数が合わないと色々と問題もあるでしょう?」

「私個人の商品だから問題ないですよ?」

 前世とは少しだけ認識が少し違うらしい。

「まぁ、一応どれだけ売りましたよって事を証明する、おぼえがき程度の紙が欲しいんですよ」

「わかりました。そう言うなら」

 そう言って、サラサラと何かを書き、名前だと思われる物の後に、俺も名前を書いた。

「一応二枚書いて、お互い持ってれば余計なトラブルは避けられますよ。特に俺とかは物凄く重要です。貴方から買ったっていう証拠になりますからね」

「あーそうですね。君は魔王だから変な疑いを掛けられたくないだろうからね」

 そうして、同じ物をもう一枚作り俺に渡して来る。

「ありがとうございます」

「後は寝具だね。さて……どうしようかな」

 商人が呟いていたら洗濯してた船員が、話を聞いたのか近づいて来た。

「俺の売るよ! しばらく床でいいから子供に渡してやって」

 それを口切りに、他の船員も数名名乗りを上げた。

「あんたの奴隷ってすげぇ生き生きしてて、あんたがすげぇ優しいって事はわかった。だからさっき言ってた通り、せめて子供には与えてやって欲しい」

「んだよお前もかよ」

 二十組の寝具が中古価格で手に入り、小麦もジャガイモも手に入った。余ったお金で紐と空き瓶、漁で使う網も買った。空き瓶は一ダース単位を捨て値で売ってくれた。

 小舟で商品を運んで荷卸しをしている最中に、商人さんが近寄って来た。

「また機会があれば寄りますから、その時にも何かあったら交換するか売りますよ」

「実は蜂を飼ってましてね。空き瓶を買ったのは蜂蜜を入れて置きたかったからなんですよ」

 先ほど出さなかった交渉材料を出して、さらに寄らせる理由を作ってみる。

「確実に寄る理由が出来ちゃいましたね」

 そんなやり取りを笑顔でしつつ挨拶をして、湾から船が出て行った。

 

 その後、毛布を皆で洗い、干してたら子供達が少しだけ泣きそうな顔でやって来た。

「まおーさま、きのうはごめんなさい」

「その、すこしこわくて……おおかみのむれをなっとくさせるためだって、おとなのひとにいわれてたけど」

「おひるまえのきゅうけいのときの、はちみつパンのときだって」

「あーうん、こっちこそ怖がらせちゃってごめんね」

 笑顔で全員の頭を撫でてあげた。