第0話 綺麗な海を見て色々思い出してた時の事


 あぁ、綺麗な海だ──。

 現実逃避気味に呟いても、現状は何の変化もない。

 つい先日なりゆきで魔王にさせられたと思ったら、なぜかこの無人島を領地として与えられた。何を言っているんだと思うかも知れないが、自分でも何を言っているかわからない。悲しいことにそれが真実ということだけ、目の前の景色が物語っていた。

 どこかの国のリゾート地のような白い砂浜。そこら辺に自生している椰子の木と、ハイビスカスのような赤い花。遠くにはうっすらと山が見える。当然ひとはない。

 多分あの山の噴火で出来た島だと思う。樹木の茂り具合や、椰子の木の量を考えれば、どのくらいの年月をかけて、ここまでの島になったのか想像もつかない。

 聞いたところによると、島の大きさは外周を寝ずに歩き続けて五日らしい。

 紛う事なき無人島である。

 ほぼ手付かずの無人島を開拓するのは難しいと思うが、とりあえず簡単な探索から始めるか。

 そう、俺はこの島を開拓しなければならないのだ。

 それに決して強制ではないし、なりゆきとはいえ、ここは俺の領地だ。

 やってみるしかあるまい。

 とりあえず前任者の魔王が海岸から少し離れた場所に城を建てようとしていたらしいから、そっちの方に向かって歩き始める。

「あー、結構開墾してたんだな」

 小さなグラウンドくらいには整地されていて、広場の真ん中に井戸が掘ってある。

 手始めに俺も木を一本切ってみる事にした。

『イメージ・突き出した手の平から一メートルまで、高速回転するルビー製のやいば・手の動きと共に刃を保持』

 イメージ通り、突きだした手の平から楕円形の赤い刃が出現し、チェーンソーのように高速回転する。

 手を左から右へとゆっくりと動かし、木を切り倒していった。

 地面に残っている根っ子を手で掘り起こすのも面倒なので、魔法によって土を盛り上げるイメージで根っ子を掘り起こす。

 うん、これで奴隷達の前で作業するのには問題無いな……。

 もう少し切っておこう、失敗したら恥ずかしいし。

 調子に乗って高笑いをしながら、チェーンソーをホラー映画の悪役さながらに振り回し始め、どんどん木を薙ぎ倒していく。

「んーーー。うぉおおおおおおおお!!

 両手を高く上げ雰囲気を出しながら、地面に残った根っ子を一気に魔法で掘り起こす。

 大声を出したり、手を高く上げる必要は全くないが、気分とイメージを高める為にやった。……後悔はしていない。

 次は持っていたスコップを両手に持ち直し、そのまま思い切り振り回す。切り倒した木の枝を払い、切れ味に問題ないかを確かめる。更に腰に挿していたマチェットも振り回し、枝を相手に無双する。うん、スコップやマチェットの切れ味は問題ない。

 開墾するのに、俺の魔法も問題ない事がわかったから、もう少し奥に行ってみよう。

 しばらく歩くと、全身緑色で一メートルくらいの、木の棒を持った奴が現れた。ゴブリンだ。

「この島にもいるのか」

 一言だけ呟き、魔法で【黒曜石のナイフ】を作り出す。ナイフを胴体に投擲してから動きを止め、素早く近づいてからスコップで思い切り頭を殴りつける。倒れてたゴブリンの首にスコップの剣先を押し当て、体重を乗せて首を切り落とす。

「魔物に注意だな。奴隷達に言っておかないと」

 魔物がいるとか言ってたけど、どのくらいいるんだろうか。知っておかないと、奴隷達に任せられないからな。んー、最低でも三人組で行動させるか。

 そろそろ奴隷達が来てても良いだろう。そう思い海岸に戻るが、誰もいない。

 ふと目立つ石の下に紙が置いてあるのに気がついた。

『奴隷が準備できなかった。あと数日待ってて』

「はぁ?」

 自然と声が漏れる。向こうが時間指定しておいて、それはないだろ?

 これだから異世界は!

 転生して未だに日本人の感覚が抜けきっていない俺は、こっちの世界でも指定された時間に遅れた事はない。

 はぁ……。皆にあんな事を言った手前、直ぐに戻れないし……。

 仕方ない。一人で開拓するか。

 そういえば転生したばかりの時は、何でも一人でやらなきゃいけなかった。

 あの時は、そう──。


第1話 転生前の事


 俺の名前はなぎ。それなりに人生を楽しんでいたが、ついさっきあっさり死んでしまった。

 死因は窒息死だ。決して恋人や浮気相手に、首を絞められたとかではない。

 無性に餅が食いたくなったのだ。

 俺はスーパーなんかでよく売っている小分けされた餅を、安いオーブントースターで焼いて食べていた。

 よく噛んで、気を付けて食べていたにもかかわらず、喉に詰まった。一人暮らしで餅を食べていた俺が悪いんだから仕方がないし、どうしようもない。だからお隣さんを頼る事にした。

 ともかく最低限の近所付き合いはあったので、必死にお隣さんの玄関のチャイムを連打し、ドアも激しく叩く。しかし不幸な事に両隣の御宅は留守だった。

 おまけに携帯もテーブルに置きっぱなしだという事に気が付き絶望する。一一九番もできない……。

 最初から救急車を呼んでから、助けを求めに行けばよかったと思ったが後の祭りだ。

 咄嗟に目に付いたのが落下防止柵の手摺り部分だった。

 最後の抵抗で胸を突き出し、手摺りで肺の空気を押し出すように、胸を圧迫するが出てこない。

 朦朧としながら、うつ伏せに廊下へ倒れこむが、餅は出てこなかった。これは本気で諦めよう……。

 よく部屋に来ていた腐れ縁の友人に、「俺が死んだらパソコンを物理破壊してくれ」と言ってあるので、未練はない……多分。

 あぁ……なんか周りが白い。妙な浮遊感もある、そして爺さんもいる──。

 へ?

「君さー、中々面白い死に方するね。たまたま見てたけど」

 やけにフランクな爺さんが目の前にいた。俺は仏教徒だからあの世で裁判を受けるかと思ってたが、どう見ても閻魔には見えない。

 この爺さん、子供の頃に食べたお菓子のシールで見た神とそっくりだ。あれ? あのシールの神って天空神だったような気がするが、まぁいいか。

 日本仏教は絶対神がいるわけではないし、理想と現実は違うということだろう。

 とりあえず話を聞いてみるか。

「……神様……ですか?」

「一応そうだけど、やけに間があったね?」

 対応的に丁寧語とかの方がいいのだろうか?

「俺は一応日本人で、仏教徒なんですが、呼ぶ国の人間を間違えていませんか? 俺、これから裁判受けないといけないんで、そっちの方に運んでいただけないでしょうか?」

 俺は変な知識だけはあった。少し前に流行った漫画を読んだからかもしれない。

「そんな死に方して悔しくない? 個人的には面白い物見れたから、裁判とか抜きで、すぐにでも転生させてあげられるけど。どうする?」

 なんか失礼な事を、堂々と言いやがるぞこの爺さん。

「転生ってあのファンタジー小説とかによくある奴ですか?」

「大体そういう認識でいいと思うよ。転生先は地球じゃないけど」

「ますます小説みたいな展開だな……」

「言葉遣い、地に戻ってるよー」

 どうする俺。色々と質問して、ある程度条件が良ければ転生してもいいかもしれない。駄目元で色々聞いてみるのもアリだな。

「質問よろしいでしょうか?」

「いいよ」

「転生したあとの記憶の有無は?」

「欲しいの? なら残すように言っておくよ」

「なんか特殊能力とかの優遇は?」

「チート系って言うのかな? まぁ多少優遇するよ。面白い物見れたお礼で。向こうの神に言っておく」

「どういう世界ですか?」

「地球で流行ってるファンタジーそっくりかな? 時代的には中世っぽいって言うのかなぁ」

「転生後は人間ですか?」

「そのあたりは、向こうの神次第かな? あいつは変にひねくれてるから、多分人間じゃないかも」

「知り合いですか……」

「たまに酒を飲む程度には……」

 どうするか。記憶があるのはありがたい。見た目子供で、中身の年齢がプラス三十歳とか実際にいたら引くけど。まぁ転生物ファンタジー小説じゃありがちだし、このままの記憶で色々向こうで過ごしてみるのもいいかもしれない。

「折角なので転生させてください。かなり興味あるんで」

「パソコンの中にある画像も、そっち系が多いからねー」

「爺さん……なんで知ってるんだよ……」

「興味が湧いてね、君の頭の中をちょっと覗いちゃった」

 テヘッてな擬音が出てきそうに言うなよ、気持ち悪い。

「……たやすく行われるえげつない行為ですね」

「女性に産まれなければいいね。産まれちゃったら思考とかが男のままで、オークとかに凌辱されたら最悪じゃん?」

「考えさせないでください!」

「まぁ、その辺は向こうの神に言っておくよ」

「本当にお願いしますよ!?

「はいはい。わかったから安心して、第二の人生楽しんできてくれ」

 そうして俺は異世界へ転生することになったのだった。


第2話 最初に目覚めた時の事


 まず最初に思った事は『母親だと思われる女性から母乳を飲んでいる』と言う事だ。

 まだ目が見えていないので、多分そうだろうと思っただけだが。

 授乳されているから、爬虫類系ではないと思いたい。だがここは異世界らしいので、地球の常識はあまりあてにはできないだろう。

 しばらくはそんな状態で戦々恐々としていたが、時間が経つにつれてある程度状況はわかってきた。

 家は貧乏ではないが、裕福でもない。

 村に人間はいない。

 少なからず魔法がある。

 俺は両親が混血で、俺自身は何の種族だかわからないほど血が混じってる。ちなみに人型だ。

 肌の色が紺色、目の色が赤、髪の色が黒、そして男。神様ありがとう!

 これでファンタジー世界で凌辱される事はありません。

 父は肌が紺色で、全体的に人間に近いが、なんか蜥蜴っぽい。リザードマンって奴だろうか? 体の所々に鱗とかがあるし、尻尾もある。

 母は肌の色は色白で、目が赤く、両手両足に小さな水掻きとヒレみたいな物がある。極力人型に近いサハギンと言った感じだ。魚卵で産まれなくて本当に良かったと思う。

 俺は人型で、肌の色が父、目の色は母と同じだと聞いた。髪の色はどこから来たのかはわからない。祖父母あたりに会えばわかると思うが、未だに祖父母に会った事がない。そして名前はカームというらしい。

 幸い、カームは前世の名前『凪』の、英語読みっぽい発音だから、特に違和感なく受け入れる事ができた。

 この状況は、両親の会話や、母に抱かれながら村を散歩したりした時に知った。

 生まれたばかりの時は筋力的に歩く事はできなかったからだ。

 

 生まれてから半年後、離乳食が増えてきた。物凄く味の薄い、粥みたいな物だが米ではない。パンをお湯で溶いた物だろうか?

 その頃には掴まり歩きが増え、行動範囲が広がっていた。だが、それでも主に家の中限定だ。両親からは「元気な子だ」と言われている。

 中身は前世で三十年間生きたおっさんだが、今はこの人達の子供なので、極力子供らしく振る舞うよう努める事にした。

 さらに半年後、俺は辿々しいが言葉を喋れるようになり、歩いても転ばない程度にはなってきた。

 未だに文字についてはわからない。家の中に、本みたいな物は見当たらない。なので未だに文字を見た事がなかった。多分この世界の識字率は低いと思う。

 三歳くらいになると、家の近所を走り回るようにして遊ぶようになっていた。その頃には幼馴染と呼べる子がいた。近所に住む女の子で、見た目はほぼ人間だが、眉毛の少し上に角が生えてる。日本人の感覚で言う鬼に近い。

 この幼馴染は恥ずかしがり屋なのか、口数がかなり少ない。

 黒髪黒目で日本人みたいな感じだ。名前はスズランという、花みたいな可愛い名前だった。

 この世界で共通しているかはわからないが、俺の住む村では五歳くらいから学校のような施設に行く事になっている。

 それと、魔族は早熟なのか、五歳くらいから人間の年齢の二倍から三倍の見た目になり、十歳くらいで二十歳くらいの見た目になる。その後は、どこかの戦闘民族のように若い期間が長いみたいだ。

 見た目は中学生から高校生、中身は子供。何かの漫画と真逆だな。

「あー、私が読み書きと計算の先生の、アラクネのフィグです、よ。できのいい子は、二年から三年、少し難しい子は三年から五年頑張ってもらう事になります、よ。他にも、魔法を教えてくれる先生もいますので、魔法の時間に挨拶があります、よ」

 アラクネは下半身が蜘蛛で、上半身が人間だ。妙に上半身の露出が多いけど、子供の教育的に大丈夫なのだろうか? 胸に布を巻いてるだけで、それ以外何も身に着けていない。

 健全な成人男性の心を持つ俺としては、もう色々とアウトだ……目のやり場に困る。

 あと、子供が相手だからか、言葉遣いがかなり変だ。無理矢理作って喋ってる感じがする。凛々しい感じの、銀髪ショートカットなのになんか残念だ。まぁギャップ萌えと言う事にしておこう。

 胸やヘソや腰のクビレがセクシー過ぎて、そこに目がチラチラ行ってしまう。これが男の性と言う奴だな。でもヘソピアスはやりすぎじゃないですかね。

 フィグ先生の授業が終わり、休憩を少し挟んで次の授業を待つ。すると、日当たりの良い教壇の隅にあった、鉢植えの観葉植物がいきなり動き出し、教卓の上にふわりと鉢ごと飛び上がり着地する。

 そして木が変形して人型になった。

「私が魔法の基礎を教える、ドリアードのビルケ。よろしくね。土と水属性が得意だけど、基礎なら色々教えられるわ」

 前世だとドリアードは木の精霊か妖精とされていたけど、この世界では魔族扱いなのだろうか? その木の種類で、肌の色が変わるみたいだ。なんか白樺っぽいし。

 それになんか色々全然隠せてない。あえて表現するならセクシー植物だ。

 ビルケ先生は鉢に、スネの辺りまで足を入れてるようにして生えていた。そこまで大きくもない鉢に両足が埋まってるのだが、よく立っていられるものだ。とりあえず教壇から降りた方がいいんじゃないか?

「ちなみにこの子は、助手のマンドラゴラでガイケちゃんといいます」

 ビルケ先生が足元に生えている雑草のような草を引き抜いた。その瞬間、デスメタルのような強烈な声と、ガラスを引っ掻いたような音が混ざった感じの悲鳴が教室に響く。辛うじて二十センチくらいの女の子が出てきたのが見えたが、教室にいた全員がその場で気絶した。

 

  【スキル・気絶耐性:1】を覚えました。

 

 気絶する直前、なんか頭の中にアナウンスっぽいのが流れた。気が付いてからその事を他の人に聞いても、みんな知らないと言っていたからこれが神様の言っていた優遇ってやつなのだろう。

 他にも先生がいるみたいだが、初日はフィグ先生とビルケ先生にそれぞれ自己紹介するのがメインだった。

 午前中は学校で授業、午後は家の手伝い。あまり裕福な家庭が多くないこの村では、それが当たり前みたいだ。種植え時期と、収穫時期は、学校が休みになるらしい。

 家に本類がないので、識字率が低いと思っていたが、学校に通ってみるとそんな事はなかった。ただ単に俺の家に本がなかっただけで、きっと裕福な家庭にはあるのかもしれない。

 後日、授業を受ける。簡単な読み書きですら今の俺にはありがたい。なにせ言葉は喋れるが、読めない、書けないときている。実際に両親も、あまり読み書きをしているところを見た事がない。買い物は口頭での取引だ。

 歴史的な古代文字であるキプロス音節文字のような記号に近いせいか、かなりタチが悪い。

 ……そのうち生活していれば自然と憶えていくだろう、多分。

 簡単な計算は、日本で学んだ数学とほとんど同じなのでなんとなく世界が違ってもわかる。ただ、この世界の通貨がまだわからない。

 母が買い物の時に、銅貨っぽい物を多く使っていて、たまに銀貨っぽい物も使っていたくらいだ。金貨もある可能性が高いが、未だに見た事がない。

 魔法は読み書きと一緒で、まったくの手探りだ。魔法なんか、ゲームでの知識しかない。

 しかもゲームによって、様々な種類の魔法があった。

 魔法なんかなくて当たり前の生活をしていたし、生活に便利そうな魔法を覚えられればいいかなと思っている。元々科学が発達してたし、それを参考にして魔法で色々応用できないかやってみようと思っている。覚えられたらだけどね。

 そう考えながら俺は家に帰宅するのであった。