領地開拓(一) Territory Pioneering (1st)
日が暮れて夜も更け始めた頃合のこと、我々は辿り着いた。
目下、一番の問題となる我が領土、ラジウス草原だ。つい数日前にはプッシー共和国の兵と争った戦場跡地でもある。途中で寄り道などしてしまったけれど、なんとか日付が変わる前に辿り着くことが出来たのではなかろうか。
「夜になって眺めると、また違ったふうに見えますね」
「ええ、そうね」
夜、丘の先に立ち、眼下の草原を見つめる。
改めて眺めると、少なからず思うところが出てくる。首都カリスで家を購入した際に感じたものと近しい感慨だ。
「ここから見える範囲が、殿下より貴方に下賜された領土……」
「広いようで狭いのですね」
合戦時にソフィアちゃんが避難していた丘の上で、草原全体を見渡す。空に月っぽい何かが浮かんでいるおかげで、夜の暗がりにあってもそれなりに様子は窺える。至る所にちらばる血肉が闇に隠れてくれて、昼に見るより心に優しい。
草原は一方で我々が立つ丘と、これに続くトリクリスへ至る林道に接しており、また一方ではプッシーとの国境に接している。後者に関しては広大な森の一部に問題の草原が押し入るような形だ。丘と森に挟まれた草原地帯、といったところだろうか。
ちなみに国境には境界らしい境界が設けられておらず曖昧なもの。
アメリカとメキシコを隔てる柵のようなものがあれば良いのだが、そのような分かりやすい基準点はない。遠くにではあるがプッシー共和国の側に物見櫓の類いが建っている点から、両国共に緩衝地帯として機能している界隈だろう。
そんな場所を領土として与えられた時点で、自らに対する扱いなど容易に知れる。
「男爵領であっても、普通、ここまで極端な土地を与えることはないわ」
「そうなのですね」
十数年をワンルームマンションで生活していた都合、目の前の土地全てが自分のものになると言われたのなら、随分と広いものだと感じる。他方、これだけの土地で月に金貨五十枚を生み出せと言われると、やはり手狭だと考えを改める。
青梅の寒村を与えられて、向こう一年でここを新宿並み、とは言わないまでも、府中並みに発展させろと、一方的に命じられたようなものである。そう考えると難易度が跳ね上がったように思えるから不思議だ、現代日本の土地事情。
まあ、過ぎたことを悔やんでも仕方がない。今は前向きに努力する限り。社畜時分に味わった理不尽と比較すれば、この程度は物の数にも入らない。まだまだ可愛いものである。まったくもう、宰相のお爺ちゃんったら可愛いんだから。
そういうことにしておこう。
「与えられてしまったものは仕方がありません。頑張りましょう」
「貴方には何か、か、考えがあるのかしら?」
「そうですね……」
町や村が存在しなければ、山や川といった資源も見込めない。当然、産業の類いなど期待できる筈もなく、残された期日を考えれば土地を開墾して作物を育てる猶予も皆無である。何もかもが足りていない。
となると残された手は観光産業が精々である。しかしながら、無残にも、現場には先の紛争で生じた大量の血肉が転がっている。イメージ最悪。それどころか下手をすれば、疫病が発生する可能性すらある。まさかゾンビになったりしないよな?
更にこれを乗せる大地に至っては淡く碧い輝きを放っており──。
「ところでエステルさん、なにやら地面がうっすらと輝いていませんか?」
「……え、ええ。そのようねっ!」
「やはり見間違えではないようですね。昼であったら気付けないほどですが」
丘より見下ろす先、草原全体が穏やかな光を灯しているように思える。それは夜の闇に呑まれて尚、界隈をぼぅと浮かび上がらせるように、暗がりにほのかな輝きをうっすらと滲ませていた。蛍の光より殊更に控えめな輝きだ。
当初は月もどきの光を反射しているのではないかと考えた。だがしかし、輝きは草原のある地点で途切れている。それ以上先は灯りを失って、延々と薄暗い様を晒している点からも、草原自身が光っていることは間違いない。
「平素からこのような現象が?」
「いいえ、聞いたことがないわ」
「なるほど」
なんだろう。さっぱりだ。分からない。
こんなことなら魔道貴族のヤツを連れてくれば良かった。
「下りて確認してみますね」
「わ、私も行くわっ!」
「エステルさんはここに残って下さい。有害である可能性があります」
「それなら尚更、貴方と一緒に行くわっ!」
「……そうですか。であれば、決して私から離れないで下さい」
「っ! え、ええっ! 離れないわっ! 絶対にっ!」
哮るロリビッチと共に丘を下りて、草原の只中へと飛んで向かう。
地面へ降り立つと同時、全身をなんとも言えない穏やかな心地が包み込んだ。それは冬の屋外で風に当たり冷え切った肉体を、熱い湯船に沈めた際に得られるような、ああぁぁぁって感じの気持ち良さだ。
「な、なにこれっ……」
「非常に緩慢なものですが、肉体の疲弊が癒えてゆくのを感じますね」
何故だろう。
別に湯が沸いている気配はない。
気温や湿度が高い訳でもない。
「……とても心地が良いわね」
「ええ、そうですね」
しばらくぼんやりと、風呂に浸かったように過ごす。
ちょーきもちいい。
多少ばかりを考えたところで、思い至ったのは一つの仮定だ。
「あの、も、もしかしたらなのだけれど……」
どうやら彼女もブサメンと同様の考えに至ったようだ。
上目遣いに見上げて語ってくれる。
「貴方が回復魔法を何度も使ったからじゃないかしら? 地面が光っているのって、ちょうど戦闘のあった辺りよね? この輝きは貴方が使っていた魔法のそれと、とても良く似ているわ」
「奇遇ですね。私もそのように考えていました」
「っ!」
エステルちゃんの瞳が潤み始める。
多感なお年頃だ。
「となると、これは使えるかもしれませんね」
「ほ、本当にっ!?」
「はい」
とはいえ、その為には多くの人たちの協力が不可欠だ。
*
領地の確認を終えた我々はトリクリスに向かった。
またもエステルちゃんをお姫様抱っこして飛行すること半刻ほど。つい数日前に発ったばかりの町並みが見えてきた。そろそろ日付も変わろうという頃合、歓楽街の類いを除いては完全に寝静まっているように思える。
そうした只中、我々が向かった先は冒険者ギルドだ。
今まさに店仕舞いを始めていた同所へ、滑り込みセーフで入店する。
「おいおい、誰だか知らねぇが今日はもう店じま……」
カウンターの向こう側、こちらを振り返った強面マッチョが固まった。
その視線が向かう先にはエステルちゃんの姿だ。
「こ、これはこれは、貴族様がこのような場所へ何用で?」
大柄マッチョでスキンヘッドな強面亭主が、しかし、彼女の姿を目の当たりとして途端に全身を強ばらせる。少なからぬ動揺が表情には見て取れた。夜中という頃合も手伝い、我々を相当に警戒して見える。
ただ、彼に用があるのはエステルちゃんじゃない。自分なのだ。
「すみませんが、ゴンザレスさんに連絡を取れないでしょうか」
ロリビッチの傍ら、マッチョへと尋ねてみる。
当人が語っていた。連絡を取りたいときはギルドに言えと。
「……貴族様がゴンザレスの野郎に何用で?」
すると、殊更に厳しい顔となるマッチョ店員。
どうやら黄昏の団は、町の人間と友好な関係を築いているようだ。貴族に嫌われて市井の人に好かれるとか、典型的な義賊然とした立ち位置が恰好良いじゃないの。どこぞの大盗賊を思い出すわ。あっちは些かオッチョコチョイだったけど。
「田中が連絡を取りたがっていると、お伝え願えませんでしょうか」
「タナカ、ですかい?」
どうやらこのマッチョ、こちらの顔は覚えていないようだ。
以前、こちらのギルドで受付してもらったのだがね。ただまあ、同所を訪れたのは町全体が紛争騒動に沸き立つ、非常に騒々しい只中であった。他に冒険者の姿も多く、仕方がないと言えば仕方がない。
「はい。恐らくそれで理解して頂けると思います」
「お伝えするのはそれだけで?」
「可能であれば、トリクリスの城までご連絡をお願いします、と」
「領主様のお城へ?」
「はい」
「……へぇ、わかりました」
納得のいかない様子で、けれどエステルちゃんの手前、素直に頷いて見せるタコマッチョ。もしかしたらなかったことにされるかも知れない。しかし、他に手立てもないから、今は上手く伝わることを祈っておこう。
「では、我々はこれで……」
呟いて踵を返す。
すると、これと時を同じくして店を訪れる者の姿があった。
「店長すまねぇ、一昨日に相談したうちのクランのちびっ子連中なんだが……」
「あ……」
ゴンザレスだ。
ゴンザレスご来店のお知らせ。
「おい、タナカさんじゃねぇか。こんな時間にギルドなんかでどうしたよ?」
「これはゴンザレスさん、丁度良いところにいらっしゃいました」
伊達にクランとやらの頭をしていない。夜遅くまでお仕事ご苦労様である。出入り口の戸を越えて早々、我々に気づいた彼は店員への口上も適当に歩み寄ってきた。その顔に浮かべられたのは、相変わらずのワイルドスマイル。今日もマッチョに恰好良いぜ。
この絶妙な機会、決して逃してなるものか。
「もしかして俺に用件か?」
「はい、実はゴンザレスさんを尋ねて参りました。夜分遅くに大変申し訳ありませんが、少しばかりお時間を頂戴することはできませんか? なにぶん火急の用でありまして」
「アンタが俺に急ぎとは、おいおい、そいつはまたタダゴトじゃねぇなぁ」
「難しいようであれば、明日以降に出直させてもらいますが……」
「いや、構わねぇよ」
「本当ですか? ありがとうございます」
「とはいえ、ここはもう店仕舞いだろう。良ければ俺たちの拠点へ場所を移さねぇか? アンタとそっちの貴族様なら、黄昏の団はこれを歓迎する用意があるぜ?」
「そう仰って頂けてとても助かります。ゴンザレスさん」
よっしゃ、交渉の場をゲットだ。
「んじゃ決まりだな。ちょっとギルドの用を済ませちまうから待っててくれ」
「はい、分かりました」
ここからが正念場だ。頑張ろう。
*
ゴンザレス率いる黄昏の団の拠点は、トリクリスの町のスラム街と繁華街のちょうど境界の辺りにあった。煉瓦造りの三階建て。建坪五十平米といったところか。そこそこの規模の一戸建てである。
道幅三メートル程度の裏通りに面しており、これを北へ抜けると繁華街、南に抜けるとスラム街、そんなアウトロー極まる立地条件だ。ヤツの顔面を思えば、これほどしっくりとくる拠点はない。
「まあ、何もないところだが適当に寛いでくれ」
通された先は二階フロアに設けられた応接室だ。
向かい合わせに並べられたソファーの正面にゴンザレスが腰掛け、足の短いテーブルを挟んで、対するもう一つに自分とエステルちゃんが座る形だ。
卓上にはグラスが置かれて、これに琥珀色の液体が満ちる。恐らくはお酒だろう。ハイランドを髣髴とさせる甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「いきなり詰めかける形になってしまい、すみません」
「別に構わねぇよ。この時間ならまだ起きてるヤツも多い」
「そう言って頂けると助かります」
「しかし、領主様と夜逃げたぁ、いよいよトリクリスも終わりか?」
「よ、よ、夜逃げなんてっ、そんなっ……」
ゴンザレスの何気ない軽口に、顔を赤くするピュアビッチ。
満更でもなさそうな表情だ。
流石にそれは最後の手段として頂きたい。
「ご相談というのは他でもない、先の一件でこちらの彼女が述べたと……」
夜も遅いし、ここは一つ腹をくくって単刀直入に行こう。覚悟を決めて口を開かんとしたところ、不意に応接室のドアが勢いよく開かれた。かと思えば、廊下の側からドタドタ、騒々しい足音が部屋へと雪崩れ込んでくる。
何事かと視線を向けた先、そこには──。
「ゴンちゃんおかえりいいい!」「ゴンちゃんまってたー!」「わたしもっ! わたしも寝ないでまってたっ!」「おかえりなさい、ゴンザレスさん」「おい、ゴンザレスっ! あ、明日、俺と剣の練習してくれよっ!」
「こら貴方たち、ゴンザレス様はお客様とお会いになっているのよっ!?」「ゴンさま、どうか今晩こそ、私にお情けを頂けませんかっ」「ゴンちゃんっ! ゴンちゃんっ!」「あー、ずるいっ! 私もゴンちゃんと子作りするー!」
幼女、少女、幼女に次ぐ少女、若干一名、ショタも。
なんというロリプニ系ハーレム。
二桁近い数の子供たちが応接室へと入り込んできた。
「おいこらテメェら、いきなり入ってくるんじゃねえよっ!」
吠えるゴンちゃん氏。
「これはまた、随分な人気ですね。ゴンザレスさん」
「あ、あぁ……」
ポリポリと後頭部を指先で掻いてみせる。
柄にもなく照れた様子だ。
「恥ずかしいところを見せちまったな」
「この子たちは?」
「コイツらはうちのギルドのちびっ子どもで、まあ、なんだ、連れ子だったり、捨て子だったり、いつのまにか増えちまってな。すまねぇが勘弁してやってくれ」
「なるほど」
相変わらず懐の広い男だぜ。
だがしかし、このロリ率の高さはなんだ。可愛い子が多いぞ。ケモッ子やらエルフッ子やら、バリエーションも多岐に渡る。ロリの品評会そのものだ。更に全員が全員、ゴンちゃんゴンちゃんとラブコールを飛ばしている。
特に小さい子などは早々に彼の下へと辿り着いて、胸元に抱きついてみたり、太股にしがみついてみたり、背中をよじ登ってみたり、極上のスキンシップを繰り返している。少し年齢のいった年長組に至っては、肌こそ触れずとも熱っぽい眼差しを延々と。
あぁ、なんて、なんて羨ましい光景だ。
ブサメンの人生の目標が、ゴールが、目の前に存在している。
場所か? 住所が大切なのか? スラム街と繁華街の間がモテるのか?
「アイーダ、悪いがこいつらを部屋に放り込んでおいてくれ。こちらの貴族様は、多少の失礼には目を瞑って下さるとは信じているが、あまり失礼があってもいけねぇ」
チラリ、エステルちゃんに視線を送りつつ語るゴンちゃん。
これは不可抗力だから勘弁してくれと訴えているのだろう。
もちろん、うちのロリビッチィもこの程度で怒るほど懐は浅くない。
「は、はいっ!」
アイーダと呼ばれた少女が緊張した面持ちで頷く。他のロリーズと比較して、少し大人びた子だ。十三、四歳ほどと思われる。茶色の髪をおさげに結った地味ッ子だ。恐らくは彼女が一団の世話役なのだろう。胸もちょっとある。
彼女が返事をすると同時、ロリッ子たちの視線がエステルちゃんに向かう。騒々しかったゴンちゃんコールもピタリと止んだ。どうやら今の今まで、貴族が同席していることに気づいていなかったようだ。どれだけゴンちゃんに夢中なんだよって。
誰も彼もが青い顔となり、その場に硬直だった。スラムにほど近いこのような場所であっても、貴族と平民の隔たりは絶対のようだ。業が深いな封建制度。心なしかゴンザレスも頬に強ばりが見て取れる。
エステルちゃん、ここは器のデカさの見せ所である。
「子供は国の宝よ。元気なのは大変に結構」
ソファーに腰掛けたまま、大仰にも足を組み直しては語る。
「けれど、夜更かしはあまり感心しないわね。夜はしっかり眠らないと、そこの彼のように立派な人間になれないわよ。育ち盛りとあれば、尚のこと早く眠るべきね」
これが彼女なりの教育スタイルなのだろう。少しばかり厳しめの表情でロリっ子たちを流し見る。居合わせたのが自分でなかったら、もっと大変なことになっていた云々、思うところあっての判断だろう。
それでもゴンザレスのヤツを立ててくれるあたり、他人事ながらどこか嬉しい気持ちになった。出会って間もない頃と比較すると、幾分か性格が穏やかになったように思える。
「分かったかしら?」
応じてビクリと、一様に身体の強ばるロリッ子たち。
「そういう訳だから、悪いがちぃっと向こうへ行っててくれや」
これにゴンザレスが言葉を続けたところで、場は早々に収束を見せた。
最年長と思しきアイーダちゃんが、他の大勢の年少たちをまとめ上げて、廊下に追いやっていく。最後は自身もまたペコリと、震える身体でお辞儀をして、逃げるようにドアの向こう側へ消えていった。
しかし、アレンといい、ゴンザレスといい、やっぱりイケメンは持っているものなのだな。ハーレムというヤツを。思わず男としての自信を失ってしまったよ。HP半分くらい持ってかれた感あるだろ。
「話の腰を折っちまってすまねぇ」
「い、いえ、お気になさらず」
平静だ、平静。クールになろうぜ。
逆に考えるんだ。今回の急場を凌げば、ブサメンだってハーレムを持てる可能性はゼロじゃない。なんたって貴族様だ。愛人の一人や二人は囲っていて当然だという。正真正銘、本物のハーレムへと至る道が、今、目の前に開けているのだ。
そう、如何に困難であっても、自らの足で進んで行こう。
「それで、俺に用ってのはなんだ?」
「少しばかり長くなる話なのですが……」
とりあえず男爵が云々、一連の面倒事をゴンちゃんに伝えることとした。