プロローグ Prologue
何もない真っ白な空間。
目の前に神様、それと俺。他には何もない。足下に地面がない。頭の上に空もない。地平線もない。先がない。後もない。もしも宇宙が白かったら、こうなるのではないか。そんな場所でのこと。
神は言った。
「ウッス! お前は神である私の手違いで死んだッス!」
俺は答えた。
「それはいくら何でも酷過ぎませんか?」
神は言った。
「お詫びに剣と魔法のファンタジーの世界で、お前が望む限りのチートを与えて、好きなだけ俺TUEEEさせてやるッス! 金も権力も女も、何もかもがお前の思うがままッス! うんたらかんたら!」
俺は答えた。
「それは本当ですか?」
神は言った。
「本当ッス!」
俺は感激した。
「ありがとうございます。とても嬉しいです」
神は言った。
「さぁ、みんな大好きチート選択の時間ッス!」
俺は答えた。
「であれば、イケメンを下さい」
神は答えた。
「イケメンッスか?」
俺は答えた。
「はい、イケメンです。イケメンチートが欲しいです」
神は言った。
「本当にそれでいいんスか?」
俺は答えた。
「はい、本当にそれで構いません」
俺は更に続けた。
「世界の誰もが惚れ、羨み、嫉妬する、絶対のイケメンを下さい。視界に収まれば、老若男女を問わず、いっぺんたりとも視線を逸らせなくなるほどの、圧倒的な美しさと、格好良さと、カリスマを誇る、絶対究極のイケメンをっ!」
神は同調した。
「確かにイケメンは素晴らしいッス。イケメンなら人生イージーモードッス」
俺は殊更に語り掛けた。
「そうでしょう。そのとおりでしょう。神すらも認定するイケメンを下さい」
神は言った。
「だがしかし、お前をイケメンにすることはできないッッス」
俺は嘆いた。
「何故ですかっ!? 神よっ!」
神は言った。
「お前はイケメンになれない運命の下に生まれてきたからッス」
俺は懺悔した。
「どうか、どうかイケメンにして下さい。イケメンチートが欲しいんです。過去に犯したどれだけ些末な罪であろうとも、この場に晒し、謝罪し、償う覚悟がございます。ですから、どうか私にイケメンを下さい」
神は断言した。
「不可能ッス。そのチートだけは不可能ッス。だめだめー、絶対にだめー」
俺は絶望した。
「そんなっ……」
神は言った。
「他のチートを選ぶッス」
俺は口をつぐんだ。
「…………」
神は急かした。
「早くしろッス。欲しいチートを言うッス」
俺は急かされた。
「そ、それなら回復魔法を。どんなケガでも病気でも治せる回復魔法を下さい」
神は頷いた。
「良いッス。お前には最高の回復魔法チートを与えるッス」
俺は目元に浮かんだ涙を人差し指で拭った。
「ありがとうございます」
神は言った。
「せいぜい次なる生を楽しむが良いッス」
俺は答えた。
「あ、ありがとうございます……」
そうして、転生チートの受付窓口は過ぎていった。
投獄 Imprisonment
転生の後、俺は何処とも知れない河原に倒れていた。
うつぶせに倒れていた。
何故に倒れていたのかは分からない。おかげで鼻の頭やら何やらが痛い。立ち上がると肌に付着した砂がパラパラと落ちた。皮膚を指先でなぞれば、多少の凹凸が窺える。それなりの時間、倒れていたようだ。
軽く身体を払って、土埃を身体から叩き落とす。
身を起こして人心地付いたところ、神との約束を思い出した。
大慌てで、流れる水面に自らの顔を映し出す。
「おうふ……」
そこにはブサメンがいた。
「これは救われないな」
やはり、イケメンにはなれなかったようだ。三十代中頃の中年野郎、それが自身の世間に晒す無様だ。なんてブサイクなのだろう。だから彼女ができないんだよ。だから人生ハードモードなんだよ。
ステータスはどんな具合だよ。
名前:タナカ
性別:男
種族:人間
レベル:1
ジョブ:特になし
HP:9/9
MP:87500000/87500000
STR:3
VIT:2
DEX:6
AGI:1
INT:5402000
LUC:1
おう、MP高いな。回復魔法用だろうな。
スキルはどんな具合だろう。
パッシブ
魔力回復:LvMax
魔力効率:LvMax
アクティブ
回復魔法:LvMax
発注通りだ。
これで顔さえイケてれば言うことなかったのにな。
「…………」
しかし、ここはどこだろう。周りには木が沢山生えている。右を見ても木、左を見ても木、なんかもう全力で森である。マイナスイオン的なエナジーをビンビンに感じる。突っ立っていても仕方がないので、川沿いに歩いてみることとした。
テクテクと。
すると数分ばかり進んだところで、道っぽい所に出た。道幅数メートルばかり。田舎にありがちな、道の真ん中に草が生えていて、その両側が地肌を晒しているモヒカン気味な道だ。アスファルトの気配はまるで感じられない。
「あ、馬車きたよ、馬車」
道の一方向から馬車が来た。
荷台を引く馬は二頭、二馬力。幌の付いた馬車で、荷台にアーチ状に厚手の布地が張られている。コネストーガ幌馬車というヤツにクリソツだ。基本的には木製と思われるが、車輪に限り金属が使われている。
「おーい、おーい」
手を振ってみる。
が、目の前をスルーされた。
ガタンゴトン。
小気味良い音を鳴らしながら、ゆっくりと遠のいていく。
「…………」
そのまましばらく待っても、止まる気配がない。
段々と遠ざかり、その姿は小さくなっていった。
ヒッチハイク失敗。
「……行くか」
仕方がないので、その後を歩いて追いかけることにした。
思いのほか馬の歩みは速くて、途中で見失った。
*
小一時間ばかり道沿いに歩いたら、街に着いた。
かなり大きい。街の周りは壁で囲まれている。中世ファンタジーの城塞都市って感じだ。剣と魔法のファンタジーの街ってやつだ。規模はどれくらいだろう。少なくとも東京なんとかランドぐらいはあるように思える。
その出入り口、遊園地の入園受付的な場所で、兵士っぽいのに止められた。
「身分証を見せろ」
「……持ってないです」
「ならば銅貨十枚で十日間。銀貨一枚で百日間。選べ」
「…………」
どうやら入園料が必要らしい。
金なんて無いです。
「どうした?」
「いや、ちょっと色々とありまして……」
どうしよう。
悩んだところで無いものは無い。
「……色々と? なんだそれは」
「ごめんなさい、やっぱりやめときます」
「……あぁ?」
Uターンだ。
Uターン。
すると、後ろから兵士が追いかけてきた。
「こらっ! 待てぇええっ! 怪しい奴めっ!」
「ちょっ……」
全力で逃げ出す。
疾走。
「待てぇっ! 大人しく投降しろぉぉっ!」
「ふひひぃいいいいいいいっ!」
ちっくしょう、やべぇ。追いつかれそう。
必死こいて走ってるけど、もう無理そう。
五十メートル十秒を舐めるな。鎧甲でガチガチに固めた兵士を相手に、全身カジュアル装備が敗北しそうだ。肩越しにガッチャガッチャと、耳喧しい音が近づいてくる。それが殊更に胸の鼓動を速くして、もう無理、無理だわ。
「はっ、はっ、はぁっ」
はい、駄目。
ゲームオーバー。
捕まりました。
「このっ! 捕まえたぞっ!」
「うっ、き、気持ち悪っ、急に走ったから……」
気持ち悪くなってすっ転ぶ。
痛い。
倒れたところを捕縛されて、胴体を縄でグルグル巻き。
問答無用で連行された。
牢屋まで。
望まない形で街の中に入れてしまったぞ。
*
訪れた先、放り込まれた牢屋には先客がいた。
「あ、どうも……」
「っ……」
でらべっぴんだ。
歳は十代後半くらいだろうか。色白い肌に彫りの深い顔立ち。腰下まで伸びた長い金髪と、青い瞳とが印象的な西洋美女である。ちなみに大変立派な胸をお持ちであり、これから下るところ腰は引き締まる一方で、再びお尻に大きな膨らみが。
グラマラスってやつ。
金髪碧眼グラマラスってやつ。
特に今は牢屋に放り込まれている都合、薄いブラウスのようなものを一枚着ただけの姿である。おかげで身体のラインが強調されてヤバいのなんのって。角度によっては乳首がうっすら透けて見える。
エロ過ぎる身体だ。
セックスしたい。孕ませたい。出産させたい。
しかも手首には手枷が、足首には足枷が嵌められている。牢屋の中というシチュエーションも相まって、最高にいい仕事をしている。左右の手枷は同じ側の足枷と鎖で繋がっており、これが意外と短くて、碌に背筋も伸ばせないほど。
ヤラセでは得られない本物の臨場感というヤツをひしひしと感じる。
「初めまして、私は田中と言うのですが……」
「うるさい、黙れ」
「…………」
いきなりコミュニケーション失敗。
今の今まで腰を下ろしていた彼女は、ゆっくりと中腰になり、カニ歩きで隅まで移動だ。やがて、その背が格子へ接する所まで歩んだところで、こちらに向き直り、再び腰を落ち着けた。ちなみに体育座り。両手足の枷が邪魔して、他の着座姿勢が取れないもよう。
なんというか、ほら、あれだ。
電車の席に腰を落ち着けたところ、すぐ隣にいた女の人が、自分と入れ替わるよう無言で他の席へ移っていくような、そんな切なさ迸る。あれってコンビニでお釣りを高いところから落とされるより傷つくよな。レベルが二つくらい上だと思う。
更に今回は移動するに飽きたらず、こちらを威嚇するよう全力で睨み付け。
これ以上を話しかけるなと、言外に本気で訴えてやまない眼差しだ。
完全に犯罪者を見るそれだ。
「…………」
ただまあ、ふと冷静に考え直してみれば、牢屋で出会った三十過ぎのブサイクなオッサンとか、年若い女の人がまともに扱う訳がない。もしも自分が同じ立場だったら、きっと大差ない態度すると思うもの。
「…………」
ちょっと申し訳なくなったので、大人しくすることにした。
彼女が座った位置とは部屋の中央を挟んで対面に腰を下ろす。
同時にそれとなく牢屋の中を見渡した。
「…………」
一応、ベッドとトイレは完備されているよう。とはいえ、前者は藁敷きであるし、後者に至っては部屋の隅に溝が掘られている限りだ。全体的に多少の湿りが確認できる点から、定期的に水が流れて汚物を流す仕組みなのだろう。
広さは六畳ほどで、二人部屋としては些か狭い。
ただ、藁敷ベッドが二つ用意されている点から、想定通りの定員なのだろう。
その他に特徴的なのが、この個室はフロアの中央に位置しており、四方向が格子により区切られている。都合、他の囚人たちから、我々の一挙一動は丸見えという、酷く羞恥心を刺激されるステージだ。
「…………」
そうした只中、正面に腰掛けた彼女の姿勢がヤバイ。
薄い部屋着が一枚限りであるから、体育座り、膝を折って両腕に抱きしめたもも裏の合間より覗く、太ももの寄り添う様子に自然と意識が向かう。その引き締まった健康的な両下肢にガッチリとホールドされてみたい。
「…………」
まったく衛兵は何を考えて、男女を同じ檻に入れたのか。
素晴らしいルームサービスだ。
しかし、だからと言って凝視する訳にはいかない。ずっと見ていては警戒されてしまうからな。彼女には出来る限りリラックスしていて欲しい。ゆえに牢屋の中が珍しいのですを装いつつ、チラ見で回数を重ねる作戦だ。
「…………」
チラチラ。
チラチラ。
チラチラが止まらない。
電車のロングシート、向かい合わせの席にミニスカートの女子高生が座った時のような。しかも友達とのお話に夢中で無防備にも足を広げている時のような。そんなドキドキワクワクが視線を向かわせる。
これだけでも捕まった価値はあったな。
「……おい」
しばらく視姦していると、不意に先方より声をかけられた。
しかも随分と不機嫌そうではないか。
「なんでしょうか?」
「チラチラとこちらを見るな、鬱陶しい」
思いっきりバレてるじゃん。
だがしかし、部位までは特定されていないようで、体育座りの姿勢に変化はない。良かった、ギリギリセーフだ。ここは適当にヨイショしてご機嫌を取るとしよう。万が一にも視線の先を悟られてはいけない。
「すみません。牢屋に似つかわしくない方でしたので……」
「黙れ、犯罪者から世辞など言われても嬉しくないっ!」
「いえ、その点は誤解があって、自分の場合は誤認逮捕というか」
「悪者はどいつもこいつもそう主張するものだっ!」
「とはいえ、牢屋に入っているのはそちらも同じだと思うのですが」
「わ、私は違うっ! 無実の罪だっ! 冤罪なのだっ!」
「では私と同じですね」
「だから貴様と一緒にするなっ!」
「…………」
難しいお年頃だな。
しかしながら、自身の外見を鑑みれば、これも致し方ないところ。身なりこそ小綺麗なものだが、如何せん中身が無残である。更に背景へ鉄格子が嵌まっていたりしたら、誰しも近づきたいとは思うまい。自分だって嫌だ。
「…………」
「…………」
仕方がない、今は大人しくしておこう。
チラ見も十秒に一回から、一分に一回としてペース変更だ。
ああ、これならきっと大丈夫のはずだ。
焦ることはない。
テンポ良くやっていこう。
仮に一日の活動時間を十二時間としても七百二十チラリ可能だ。