第一章 バカはどこにでも湧く
これは何だろう……。
何か、頭と体がフワフワする。
俺はどこかに寝かされているみたいだな。
夢──なんだろうか?
音がない。
視界もセピア色だ。空も大地も、俺を囲んでいる人たちも。
いや、本当に空で、大地で、人か? 雲もなければ草木もない。ただ平らな何かが上と下に広がっている。人と思ったモノたちも、どこか不思議だ。
なんと言うか、神々しいのだ。セピア色なせいで髪の色などは分からないが、三人いる女性たちは全員がこの世のものとは思えない程整った顔をしている。それに、着ている服も不思議だ。
首から足元までを覆う様なローブに、大小様々な装飾品や宝石があしらわれ、それだけでもファンタジー感が半端ない。頭に載せた王冠のような物も、キラキラと輝いているな。ファンタジー小説に登場する神官や巫女? そんな印象だった。
そんなヒトたちが、何かに寝かされている俺を囲んで話をしている。声は聞こえないが、時折俺を指差すような素振りをするので、もしかしたら俺についての話をしているのかもしれない。
それにしても、ここはどこなんだろうな。
そもそも、このヒトたちにも会ったことはないはずなんだが……。
夢の登場人物にしては妙にリアルだ。
俺の妄想か? でも、それにしては一人一人の顔や格好が鮮明なんだよな。俺の妄想力は自分が思っていた以上に凄かったのかもしれない。
しばらく三人の女性を観察していたら、一人が急に俺の顔を覗き込んだ。
何か言っているが、やはり聞こえない。
そう思って首を振ろうと思ったんだが、全く動かなかった。それどころか俺の体は俺の意思に反して勝手に腕を上げ、女性が差し出した手を握り返した。
勢いよく体を引き上げられる。どうやら過去にあった出来事を追体験しているという体の夢らしい。俺は見ていることしかできない様だ。
体を起こした俺の目に入ったのは、一振りの剣だった。
ビロードのような布が敷かれた台の上に、剣が横たわっている。
どこかで見たことがあるような……?
色がセピアなので配色はよく分からないが、柄や、刀身の形に既視感を覚える。
うーん? ああ、そうだ、この剣は俺だ。多分、だが。
柄の紐の編み込み方や、刀身に縦に走る三本の線など、完全に剣としての俺の姿だ。
ただ、すぐに気付けなかったのには色以外にも理由がある。
それは鍔の意匠の違いだ。今の俺の鍔には勇ましい狼の意匠が施されている。
だがこの剣の鍔には、四人の目を閉じた女性の顔と、四枚の鳥の翼の様な意匠が彫り込まれていたのだ。天使か何かなんだろうか? 顔が四つ? それも四人? うーん、分からないな。
女性の一人が俺の腕を引いて立たせる。
そしてそのまま手を引いて台に近寄ると、そのまま剣に触れさせた。
すると──。
『はっ!』
何があった? え? まじで夢見てたのか? 眠らない俺が?
えーっと、そうだ。今日もいつも通り、宿で眠るフランの横で休んでいたんだ。
で、不意に月を見上げて、そこから──そこからどうしたっけ?
よく思い出せないな。それにしても、さっきの夢みたいな光景は何だったんだろうか。
この世界に転生して、初めての経験だ。本当に単なる妄想なのか? それとも──。
『だめだ。全く分からん』
「ん……」
『おっと、あまり騒ぐとフランが起きちまうな』
夢の中で人間に戻っていたからか? 思わず独り言を呟いてしまった。
あんな夢見るなんて、もしかして人間に戻りたい願望でもあるんだろうか?
うーん、自分では全く意識してないんだがなぁ。
考えてみると不思議だよな。剣の体になってから、一度も人間に戻りたいと思ったことがない。フランに出会ってから、むしろ剣で良かったとすら思えている。
何でなんだろうな? 普通、人外転生したらどうにかして人間に戻りたいと願うものじゃないか?
自分で思っている以上に環境適応能力が高かったのかしらん?
『うーん』
まあ、いいや。何か深く考えちゃいけない気がする。これで人間に戻りたい願望が出てきたりしたら、正直厄介だしね。
フランがいて、そのフランに装備されて、フランのために戦って。
今のままが一番だ。
いや違うか。もっと強くなって、フランにとっての最高の剣になるんだ。人間に戻っている暇などないのである。
『よっしゃ! 何かやる気出て来た!』
「ん……」
おーっと、やばいやばい。フランが起きちゃうじゃないか。何してるんだ俺!
『フランさん?』
「……すーすー」
セーフ! ふう、最高の剣への道は、まだまだ険しそうだな。
ゴブリン討伐から一週間が経った。
俺たちは深夜の宿の厨房にいた。
今まで手に入れた素材を使い、料理を作り溜めするためだ。
大量に作成しても次元収納に入れておけば腐らないし、いつでも熱々をフランに提供できるからね。
今後、野宿した時のためにも、作れる時に作り置きしておきたい。
剣がフワフワ浮いて料理を作っている姿を見られたら騒ぎになるどころじゃすまないので、フランも一緒だ。人の気配を感じたら、即フランの手の中にダイブする作戦である。
まあ、夜中に厨房で抜き身の真剣を振り回す幼女と言うのも大概おかしな絵面だが、勝手に動く剣よりは幾分マシだろう。
宿のご主人からは食堂が閉まっている深夜なら使って良いと許可をもらっている。これで思い切り料理が作れるぞ。
魔獣肉以外の材料や調味料も、市場で買いまくって豊富に用意してある。むしろ、使い切れるか心配なくらいだ。市場の雰囲気に中てられて、調子に乗っていたことは認めよう。本能の赴くままに買いまくってしまったのである。ソースや醤油などは甕買いしてしまった上、スパイスも大袋で買いまくってしまった。特大サイズの鍋も複数個購入したしね。
おかげで一〇万ゴルドも使ってしまったよ。はっはっはっは。いや、フランには美味い食事で還元するよ? まじで。それに、今は懐が温かいのだ。
討伐戦で手に入れたホブゴブリンの角、武具、アーミービートルの素材を全て処分したら、三万ゴルドにもなった。雑魚の素材を売ったにしては高い方だろう。実はホブゴブリンたちの装備に、弱いマジックアイテムが交じっており、それが結構高かったらしい。
さらにゴブリン討伐の依頼料でもかなりのボーナスが出た。参加者の基本報酬が三万ゴルド。ボーナスで四万ゴルド。フランには特別ボーナスがさらに三〇万ゴルド。
素材を売った分と合わせたら、計四〇万ゴルドもの収入だ。まあ、酒場で奢ったせいで一〇万減ったけどね! 他の冒険者たちにも結構なボーナスが入ったようで、翌日は朝から冒険者たちに礼を言われまくって大変だったな。
この一週間は経験を積むためにも、冒険者ランクを上げるためにも色々な依頼をこなしてきた。
毒沼に住む魚型魔獣の討伐や、珍しい薬草の採集などだ。
毒沼に潜む魔獣を倒すために、毒沼の水を次元収納に吸い上げるという作戦を使ったんだが、それでもまだ余裕がある。大型のサメサイズの魔獣が複数潜む様な、そこそこ広い毒沼の水を全て吸い尽くしたと言うのにだ。いやー、次元収納は本当に便利だね。
その時に仕留めた魚型魔獣はかなり美味らしいのだが、魔石値は大したことがなかった。他の魔獣に出会うこともなく、この一週間で魔石値が7しか得られていない。
ゴブリンスタンピードが特別だったってことなんだろうな。
「師匠? どうした?」
『いや、何でもない。料理を始めようか』
おっと、今は料理に集中しないとね。
『チャンチャンチャラチャチャチャララ~』
「ちゃんちゃん?」
『チャンチャラチャンチャンチャン~』
「?」
『はい、異世界クッキングの時間です』
「お~?」
意味が分からなくとも雰囲気を察したのか、フランがパチパチと拍手をしてくれた。
『本日最初のお料理はこちら!』
「お肉?」
『はい、用意したのはロック・バイソンと、クラッシュ・ボアの挽き肉、三〇キロずつです』
さらに、タマネギによく似た根菜と、黄金鶏の卵、パン粉、スパイス各種を用意した。
『じゃあ、フランはそれを捏ねてくれ』
「ん」
『どうせなら、作れるだけ作っちゃうからな』
「これで、毎日師匠の料理が食べれる」
『料理王の称号がある分、フランの方が料理が上手いはずなんだけどな』
「知らない物は作れない」
『だよな』
フランが食べたいのは地球料理だからな。俺しか作れないんだよね。似た料理はあっても、洗練度合いが違うのだ。
ということで、俺はタマネギモドキをミジン切りにしていく。
ミジン切りにはオーラ・ブレードを使うことにした。これまでは、煮沸消毒した上で浄化魔術で綺麗にした俺自身を使っていたのだが……。魔毒牙とか使っているし、魔獣も斬りまくっている。ちょっと不安を覚えたのだ。今までにフランが不調を訴えたことはないが、今後もそうだとは限らないしね。
ミジン切りにしたタマネギモドキをフライパンでじっくり炒める。
『混ぜ合わせた合い挽き肉に、タマネギモドキ、つなぎ、スパイスを投入して、さらに混ぜる』
「任せて」
俺も、残った合い挽き肉を念動で混ぜ合わせた。こうして出来上がったのは特製ハンバーグのタネ六〇キロだ。正直作り過ぎた感はあるが、次元収納に仕舞っておけば腐らないからな。
『ハンバーグを順次焼いていくぞ』
「ん」
巨大オーブンを使っても一回では全部焼くことができない。
これは時間がかかりそうだ。
『その間に、次の工程だ。この野菜類を全部切って、鍋に入れていきます』
「ん」
『これに水を張り、スパイス類やワイン等を投入』
そして、魔術で熱を加えつつ、念動と魔術でミキサーの様に野菜を粉砕だ。出来上がったのは特製デミグラスソースだった。
きっといい匂いがしていることだろう。匂いを嗅げないのが残念だよ。
さらにトマトソース、コンソメスープ、チキンブイヨンなども作る。この辺はフランに材料と作り方を指示してやってもらった。
フランが楽しそうにソースを掻き混ぜている。料理は好きではないが、こういった簡単なお手伝いはしたがるんだよね。そんなフランがまるで普通の子供の様で、思わずほっこりしてしまう。
「ぐるぐるぐる」
『そうそう、そうやってかき混ぜていくんだ』
ハンバーグが三回焼き上がる頃には、全てのソース、スープが出来上がった。
よしよし、このスープの素たちと、市場で仕入れた調味料と合わせれば、最早どんな料理でも作れるぜ。
ハンバーグはデミグラスソースに潜らせた物を次々と次元収納に放り込む。皿の上に取り出せば、熱々デミグラスハンバーグをいつでも食べることができるという寸法だ。
同じ様に、トマトソース味、和風ポン酢味も作っていく。
この後も、タイラント・サーベルタイガーの角煮や、ブラスト・トータスのから揚げ。ドッペル・スネイクの蒲焼きに、ストーン・スパイダーのフライ。ロック・バイソンのタンシチューに、クラッシュ・ボアの生姜焼き風。他にもソーセージやベーコン、ジャーキーや肉味噌など、色々作りまくった。
『よし、肉料理はあらかた作り終えた』
「ん!」
しかし、これで終わりではない。
俺たちは翌日も料理を作り続けた。手に入れたばかりの魚型魔獣を煮つけ、塩焼き、天ぷらにしてみる。
ムニエルなんかも考えたけど、やっぱ日本人なら和食だろ! 自分で食べる訳じゃないんだけどさ。
因みに俺たちが次元収納に吸い込んだ毒沼は、突如消え失せた毒沼っていう怪談話になっているらしい。ネルさんは俺たちが何かをしたって分かっているだろうけど、冒険者の情報を言いふらす様な人じゃないしね。まあ、ちょっとやりすぎたかもな……。
魚料理以外にも魚出汁の中華スープや野菜炒め、サラダも忘れない。栄養バランスはしっかりしないとね。フランは育ち盛りなんだし。
いや、結構気になっていたのだ。最近は多少ふくよかになってきたが、町にいる他の子供と比べたらやはり線が細い。なので食事は重要なのだ。
勿論、主食も色々と用意する。侮れんことにアレッサの市場では米を売っていた。この地域は南北の街道が交わる場所にあるらしく、米も小麦も食べられている様だ。うどん、パン、ナン、中華麺など、様々な主食を作成していった。
そして、米とナンがあるからには、アレを作らない訳にはいかないだろう。
『じゃあ、次は特別な料理を作ろうと思う』
「特別?」
おいおい、そんなに目を輝かせるなよ。頑張っちゃうぜ?
「なに?」
『スペシャルでハイパーな超料理! その名も──カレーだ!』
「かれー? 知らない!」
『ふふふふ。まあ、見てろ』
カレーは俺の大好物だった。今の俺は食べられないし、全く食欲が湧かないが、美味い物をフランに食べさせてやりたいという想いはある。なので、カレーだ! これしかないだろう。
『こうやって、スパイス類を砕いてだな』
「ちょー豪華」
金と同等とはいかなくても、やはりスパイスは高価だ。そのスパイスを大量に使用するカレーは、それだけでも高級料理と言えた。
『美味いカレーを作るためだ』
「これを炒める?」
『おう。こう混ぜ合わせながら、火を通していくんだ』
「ふむ」
一時間後。俺たちの前には業務用サイズの鍋三つに満タンのカレーが生み出されていた。
最初は普通サイズの鍋で作ったのだ。スパイスは高いので。
だが、味見をしたフランの喰いつき方が凄まじく、小鍋のカレーをあっと言う間に喰い尽くしてしまった。その後、フランの催促により全スパイスをぶち込んでカレーを大量作成したのだ。
それぞれの鍋は甘口、中辛、辛口、さらに使っている肉や野菜も変えてある。我ながら最高の出来だ。日本に持って行けば商売できる自信さえある。
「この料理に出会うために生まれてきた」
『そこまで!』
「ありがとう師匠」
『今までで一番感情が籠もったありがとうな気がするぞ』
これはフランがカレーばかり食べないようにしないとな。
二日間で作った料理を全部合わせたら、二〇〇〇食分はあるだろう。つまり一年分以上の食料ということだ。フランは体に似合わず大食いなので、もっと早く食べ終わる可能性が大だが。
まあ、これでしばらく食事の心配をする必要がなくなったな。
「とりあえず、カレーをもう一杯」
『さっき食べただろ』
「おねがい」
『……仕方がない。一杯だけだぞ?』
「ん!」
フランはしっかり運動もしてるし、一杯くらいはいいよな?