序章 閃光の勇者

 

 彼──本城正幸マサユキ・ホンジョウは〝勇者〟である。

 マサユキ自身が勇者だと名乗った訳ではないが、何故か、出会う者達が勝手に彼の事をそう呼ぶようになったのだ。

 この、訳のわからぬ世界に来てしまってから、まだ一年も経っていない。それなのに、マサユキの名は西側諸国に知れ渡り、彼の事を知らぬ者がいないほどに有名になってしまっていた。

 どうしてこうなった?

 というのが、彼の偽らざる心境だった。

 どうしてこんな事になったのか?

 それを語るには、一年の月日を遡らねばならない。

 ………

 ……

 …

 マサユキは、学校帰りに友人達と歩いていた。

 その時、あお色の髪のとても美しい女性を見かけた。モデルや芸能人も真っ青な、北欧系の美女である。

 その奇抜な髪の色は、遠目でもよく目立つ。マサユキが生まれて初めて見るような美人ともなれば、周囲の注目を集めるのも当然だろう。

「おい、見ろよ。すげえ美人──」

 だからマサユキも、男子高校生らしい率直さで、隣を歩いていた友人へと声をかけたのだ。

 しかし──反応はなかった。

 あれっと疑問に思い、振り向いた先には──見知らぬ街が広がっていたのだ。

「──は?」

 思わず脳がフリーズして、その場で固まるマサユキ。

(せ、先生──ッ! 意味がわかりませんッ!?

 普段は馬鹿にしていた担任に、内心で疑問を投げかけてみたものの、それでどうにかなる訳もなく……マサユキはその場で途方に暮れる事になったのである。

 街の広場の噴水に腰かけて、マサユキはぼうぜんとしていた。

 時間が経った事で、少しは落ち着いたマサユキ。このままこうしていても仕方がないと、どうしてこうなったのか真面目に考えてみる事にした。

 思えば、あの美女が怪しい。

 あれだけの美人なのに、何故か注目を浴びていなかった。だからどうだという訳ではないが、マサユキの勘がそう告げていたのだ。

 けれど、あの美女はここにはいない。

 振り向いてみても、どこにも姿が見えなかったのだ。

(こういう場合って、原因となるような美人さんも一緒に来るのがお約束じゃないのかよ? っていうか、あれ? マジで? これって、ドッキリとかじゃなくて、マジで異世界に来ちゃった系?)

 事情を知る者がそばにいる、それはご都合主義というものだろう。

 だがマサユキには、そんな都合の良い展開など待っていないようだった。

 もう直ぐ日が暮れる。

 昼に学食を食べて以降、何も食べていない。必然、お腹も空いてきた。

 ちょっと待ってくれよ、とマサユキは本気で思った。

 ここは街である。森とか魔物の前とかではなかったのは幸運だったのだろうけど、それでも余りにも不親切過ぎる展開ではないのか、と。

(普通さあ、こういう場合って王様とかが待ってて、事情説明なり何なりしてくれるんじゃないのかよ?)

 友達連中の間で話題のWEB小説のような展開を思い浮かべ、マサユキは内心で文句を言う。

 しかし、現実とはシビアなものだ。

 嘆いていても仕方ないので、もう一度、マサユキは今の自分を振り返ってみた。

 名前は本城正幸マサユキ・ホンジョウ

 歳は十六歳。

 今年、高校に入学したばかり。かなり偏差値の高い進学校である。

 ついでに言うと、マサユキは高校デビューしていた。少し制服を改造した上に、軽く金髪に染めてみたりしている。

 顔はかなり整っている。どうやらロシア系の血も混じっているようで、母親も美人だったのだ。その影響だろうと、本人は考えていた。

 だからという訳でもないが、金髪にした事でかなり目立っていた。学校でも上位に入る人気者で、腕っ節はそんなに強くないのに、一目置かれる存在になっていたほどだ。

 そして、マサユキのひそかな趣味──それが、漫画やアニメであった。

 学校ではそんな素振りを一切見せないようにしていたが、実はかなりの隠れオタクだったのである。

 だから今も、こんな意味不明の状況になったというのに、そこまで慌てていなかったりする……。

 マサユキはつらつらとそんな事を考えながら、制服のポケットとカバンの中身を確認していく。

 ポケットには、財布が一つ。

 虎の子の諭吉先生が一人一万円札一枚と、野口さんが三人千円札が三枚、そして数枚の小銭。

 教科書類──は、全て学校の机とロッカーの中にある。なのでカバンの中身はといえば、買ったばかりの週刊誌一冊と、スマホ、そしてガムしか入っていない。行き帰りを楽しようと、ペッタンコにしていたのが災いしたと言えよう。

(ってゆーかさ、こういう事になるんだったら、もっと色々と準備しておくんだったのに……)

 今の自分の所持品を確かめ終えて、マサユキはそう嘆いた。

 部屋の片隅に準備されている災害時の避難用バッグには、それこそ必要と思われる全てが詰め込まれていた。あれが今ここにあれば、少なくとも三日は耐え忍ぶ事が出来たであろう。

 せめて十徳ナイフでもあれば、少しは心強かったかも知れない。もっとも、ナイフ一本で何が出来るのかは疑問であったが。

 ともかく、有用そうな所持品はなかった。

 強いて言えば、ガムであろう。

 マサユキはガムに手を伸ばし、口に入れた。

 せめて空腹を紛らわそうと考えたのだ。

 これで、有用そうな所持品はゼロとなった訳だ。悲しい事実であった。

 ここ数時間も呆然としていたマサユキだったが、一つ気付いた事がある。それは、道行く人々の会話が、まるで意味がわからなかったという事だ。つまり、異世界は言語も異なるらしく、何か食べ物をもらうのも一苦労しそうだという事。

(ハードモード過ぎるよ……。けどまあ、こうしていても仕方ない。最悪、このカバンやスマホと交換して、何か食べ物を貰えないか交渉してみるか──)

 マサユキは覚悟を決めて、噴水の前から立ち上がる。

 この異世界で、この国の法律や治安がどうなっているのかは不明だが、公的機関に保護してもらえればそれが最善であろうと、マサユキはそう結論を出していた。

 それまでは何としても、生き延びる事を優先──つまり、何とかして食べ物をゲットする事を目標に設定したのである。

 会話が通じないというのは最悪だ。

 しかもこのままでは、飢え死にするという未来が見える。

 水は何とかなりそうでも、食べ物はそういう訳にはいかないだろう。したくはないが、どこかで残飯をあされないか探すというのも一つの手であった。

 こういう場合に目指すのは、やはり食材を大量に扱う場所。食堂や八百屋、ともかく、そういった食べ物関係の店だとマサユキは目星をつける。

 プライドはこの数時間で捨てていた。

 マサユキは、かなり融通の利く男なのだ。

 歩き始めて数分後。

 マサユキは見事、この街の食堂の前にやって来ていた。

 何の事はなく、しそうな匂いに釣られて歩いて来ただけの話である。

(さて、ずは交渉だな。バイト……は、無理だろうな。なんせ、言葉がわかんないしな……)

 言葉の壁は高過ぎた。

 異世界ものの作品もよく読むマサユキだったが、それらの主人公は何故か言葉は通じる場合が多かったように思う。今思うと、それだけでもかなり優遇されていたのだ。

(チート能力が欲しいとか思わないから、せめて言葉くらいはサービスして欲しかったんだけど──)

 と愚痴っても、誰も答える者はいない。

 マサユキは諦めて、店の扉を開こうとした。

 その時、逆に勢いよく扉が開き、店の中からけんそうが聞こえてきたのである。

!?

 驚いて一歩後ずさったマサユキの胸に、柔らかい感触が飛び込んで来た。それは小柄で可愛らしい女性だったが、少しおびえたような表情をしていた。

(あれ? もしかして、いきなりトラブルに巻き込まれたりして……?)

 まさかね、と思ったマサユキだったが、その予感は的中する。

「○×△……!?

 胸にすがる女性が、意味不明な言葉をまくし立てている。

 しかしマサユキには意味がわからず、曖昧な笑みを浮かべて頷くしか出来ない。

 そんなマサユキの表情を見て、女性は直ぐに落ち着きを取り戻した。そして何故か頬を染めて、ウットリとマサユキを見つめる始末。

 それで終われば良かったのだが、当然、そんな訳がない。

 筋骨隆々のにもな見た目の荒くれ者が、マサユキに縋る女性を追いかけて飛び出して来たのだ。

(あ、これ、下手すれば死ぬ……)

 マサユキがそう直感したのも無理はない。

 マサユキも身長は百七十センチを超えているのだが、その大男は頭一つ分は大きく見えた。酔っ払っているのか赤ら顔で、しかもその腰には長剣を帯びている。

 普通のけんでも勝てるハズがないのに、相手は武器持ちである。下手をしなくても殺される可能性が濃厚であった。

 逃げようと思ったマサユキだが、その胸には女性がしがみ付いている。

(終わった。これ、終わっちゃったっぽい……)

 笑顔のまま固まるマサユキ。

 その足はガクガク震え、恐怖で失禁していないだけでも自分を褒めてやりたいとマサユキは思う。

 しかしその時、マサユキの耳に不思議な声が聞こえた。

《英雄的〝勇気ある行動〟を確認しました。ユニークスキル『英雄覇道エラバレシモノ』が解放されました。発動させますか?

YES/NO》

 えっと、はい? ──という、疑問に満ちた応諾を行うマサユキ。これが、彼の運命を決定的に変える事になった。

《確認しました。『英雄覇道エラバレシモノ』の効果で、言語を習得……成功しました。続いて、『英雄覇気』と『英雄補正』が常に発動します》

 ずらずらと、聞きなれぬ言葉がマサユキの脳内に響く。

(──はい? 一体何が……)

 状況についていけずに混乱するマサユキだったが、そんな場合ではなかったらしい。

「おいおい、何だい兄ちゃん。まさか、この俺の邪魔をしようってのかい?」

 突然、大男の言葉が理解出来るようになった。それは、今覚醒したユニークスキル『英雄覇道エラバレシモノ』の権能なのだが、それを嬉しいと感じる余裕などマサユキにはない。

 この場をどう乗り切るのか、それが重要なのだ。対応を一つ間違えば、その場で人生が終了となってしまうだろうから。

 いいえ、そんなつもりは毛頭御座いません──と、その場で土下座しようかと考えるマサユキ。しかしそれを実行に移すよりも早く、マサユキにしがみつく女性が声を上げる。

「そうよ! この人はね、アタイを助けてくれるって言ってくれたんだから!」

「──ほう?」

 大男のコメカミに、ビキリと青筋が浮かんだ。筋肉が膨張し、全身に力が満ちていくのがわかる。

(あ、これ、剣を使われるまでもないね。殴られたら終わるわ……)

 恐怖が大き過ぎて、かえって冷静な判断をするマサユキ。だからといって、この場を切り抜けるいい策を思いつく訳もないのだが……。

「面白い。だったらよぉ、この俺を倒して、その女を守ってみせな!!

 大男がえた。

 それに沸き立つのは、いつの間にか周囲を取り囲んでいた通行人や店の客達である。

「おいおい。あの小僧、〝きょうろう〟のジンライに喧嘩売りやがった!」

「止めた方がいいんじゃねーか? 殺されちまうぞ?」

「ジンライの野郎、B級試験に落ちたらしくて、気が立ってやがったからな。カーチャもそれを知ってて、給仕を断ったんだろ」

「あちゃあ、それでか。お気に入りに袖にされて、ますます頭に血を上らせちまったのか。こりゃあ、止まらんぞ……」

「って、そんな場合かよ。仮にも街中で、冒険者が一般人を殺しちまったら、大問題になるぞ。誰か組合に知らせてこい!」

「もう行ったって。それよりも、そんなに言うならお前が止めてやれよ」

「馬鹿言うな! ジンライといやあC+ランクだが、その実力はBランク以上なんだぞ!? 素行が悪いから試験で減点されちまってるだけで、腕っ節だけなら一級品よ。俺が勝てる相手じゃねーや!」

 そんな事を言い合うのは、大男ジンライの同業者達なのであろう。

 マサユキはそうした会話を聞いて、希望と絶望を同時に感じた。

 組合とやらに知らせが行ったみたいだし、時間を稼げば救いが来ると思われる。しかし、その救いが来るまでどの程度の時間がかかるか不明であり、周囲の人達は助けてくれそうにない。何とか自分で時間を稼がねばならないが、それはマサユキにとっての死刑宣告と同義であった。

「カーチャのヤツも、関係ない小僧を巻き込んでやるなよ……」

 と、周囲で見守っている誰かが呟いた。

(本当だよ! 何で僕なんだよ!?

 と思ったが、言葉もわからずに頷いた記憶はある。結局のところ、それはマサユキの自業自得なのだった。

「覚悟はいいか?」

 いい訳がない。

 ないのだが、これ以上待ってもらえそうもなかった。

 なのでマサユキは、せめて最後は恰好をつけようと考えた。

 高校デビューといっても、別に不良ヤンキーという訳ではない。実際、ちょっと髪を染めた程度で、喧嘩の仕方もわからない。

 剣道は少したしなんでいたが、棒切れ一本持たない今のマサユキには、何の慰めにもなっていない。

 そんなマサユキだったが、口喧嘩ハッタリだけは得意だったのだ。

「弱い犬ほどよく吼えるってね。君こそ、いいのかい? この俺に喧嘩を売るなんて?」

 どうせ一発殴られたら終わるという諦めから、マサユキは大見得を切るのを躊躇ためらわなかった。これで時間を稼げれば最高だし、そうでなければ良くておお。下手すれば、死ぬ。

 さっきから恐怖感も麻痺しているようで、足の震えも止まっていた。

「……いい度胸じゃねーか。いいぜ、それなら俺も遠慮しねーですむな」

 ジンライはどうもうな笑みを浮かべ、マサユキを睨む。

 その凶悪な視線に晒されたマサユキは、早くも後悔し始めていた。

(やっぱ、今から逃げ──って、後ろにはカーチャって女の子がいるんだよな……)

「君、ちょっと離れていてくれないか?」

「はい! そいつ、いつもアタイを嫌らしい目で見てくるんだ。お兄さん、コテンパンにやっつけちゃってね!」

 マサユキは逃げる算段をしつつ、カーチャに離れるように告げた。

 するとカーチャは、マサユキの戦いの邪魔になると考えたのだろう。素直にマサユキを放し、周囲の野次馬達の所まで下がる。

(……あっ、どっちにしろ囲まれてるんだ。駄目じゃん──)

 失敗した、とマサユキは思った。ジンライが手を出してこなかったのは、カーチャがいたからこそだったのだ。逃げるのに邪魔だと追い払った事で、かえってマサユキは、自分の寿命を縮める事になってしまったのだった。

「へへっ」

 ジンライが笑みを深めた。

 こうなったら、最後の手段。

 今、マサユキが噛んでいたガム、これで目くらましをして隙をき、逃げるしかない。

《英雄的〝立ち向かう勇気〟を確認しました。ユニークスキル『英雄覇道エラバレシモノ』の権能、『英雄魅了』と『英雄行動』が解放されました。これにより、個体名:本城正幸マサユキ・ホンジョウが、ユニークスキル『英雄覇道エラバレシモノ』の完全解放に成功しました》

 いや、逃げようとしたんですけど!? というマサユキの心の声は、黙殺された。

 というか、さっきから聞こえるこの声は何なのか?

 マサユキは少し疑問に思ったが、完全解放とか言われても意味がわからないので、考える事を放棄した。ユニークスキルという響きは凄そうだが、こんなに簡単に獲得出来るような能力スキルなど、どうせ大した事はないだろうと興味も持てなかったのだ。

 そんな場合ではない、というのが本音である。

 ジンライに立ち向かうつもりなど、マサユキには毛頭なかった。まして、ガムを吐き捨てて相手をひるませるというきょうな策なのに、それをどう受け取れば英雄的行動になるのかもわからない。

 だが、そんな事はお構いなしに、事態は新たな展開を見せる。

「──ぐっ、な、何て威圧感を放っていやがる……。貴様、只者じゃねーな……!?

 さっきまで自信満々に見えたジンライが、マサユキを前に脂汗を垂らし始めたのだ。

 思わずガムを噛むマサユキ。

 心を落ち着かせようとしたその行動は、ジンライを更に追い詰める事になる。

「クッ、怪しい術を使いやがって!? 貴様が何者だろうが、関係ねー!! ぶっ殺してやらあ──ッ!!

 そう叫び、げきこうしたジンライがマサユキに殴りかかる。

 そしてマサユキは、完全に事態についていけていなかった。

「?」

 意味がわからぬまま、棒立ちである。

 一歩の距離を詰め、マサユキを殴ろうとするジンライ。

 マサユキはぼうっとしたまま、チラッとジンライを見た。すると目前に、その巨大な拳が迫って見えた。

(ヤベッ、終わった──!?

 目を閉じ、マサユキは拳をけようと頭を下げる。どうせ間に合わないだろうと思いつつも、少しでも痛みに備えようとしたのだ。

 しかし、マサユキの想像したような、最悪の事態は訪れなかった。

 痛みは走ったが、それは額に少しだけ。

 不思議に思いつつも、恐る恐る目を開けるマサユキ。そこで目にしたのは、何故か白目をいて仰向けに倒れ伏すジンライだったのだ。

「えっ?」

 何が何だかまるでわからず、マサユキは戸惑いの呟きをこぼす。

 しかし、その声を掻き消すような盛大な歓声が、周囲から沸き起こった。そして──

「す、すげえ!! あの人、狂狼ジンライを両手も使わずに倒しやがった!!

「信じられん。見たか、あの動き?」

「ああ……。紙一重で拳をかわし、ジンライの懐に潜り込んで頭突き一発。達人だな」

「あの小僧、何者だ一体──?」

 というような会話が、見学していた者達のあちこちから聞こえ始めたのである。

 実はこれは、マサユキが獲得したユニークスキル『英雄覇道エラバレシモノ』が発動した結果であった。

 英雄覇気:ドワーフ王ガゼルも獲得している、英雄のみが放つ覇気である。格下の相手では、この覇気を浴びただけで威圧されて動けなくなるし、命令に従うようになるという、特殊なオーラだ。

 英雄補正:超幸運により、普通の攻撃も全て致命の一撃クリティカルヒットになる。その効果は、共に歩む仲間達にも適用される。また、所有者エラバレシモノの発言や行動は全て、周囲が勝手に都合良く解釈してくれるようになるという、とんでも効果を発揮する。

 英雄魅了:英雄の活躍を見た者は、その心が奮い立つ。恐怖心が薄れ、勇気が湧いてくるのだ。その結果、英雄を信じて共に同じ道を歩もうと考えるようになる。もう一つの効果として、英雄に敗北した者は、その軍門に降り仲間となる。生きているのが条件ではあるが、この効果は意思ある魔物にも適用される。

 英雄行動:その行動は、英雄への第一歩。仲間達の手本となり、やがて称賛されるようになる。そして更に……。

 ──というのが、ユニークスキル『英雄覇道エラバレシモノ』の権能だ。

 実はこの能力スキル、数あるユニークスキルの中でも、希少レア中のレアである。

 かつて勇者が用いたという『絶対切断』や『無限牢獄』に並ぶ、ユニークでありながら究極アルティメットにさえも届こうかという、優れた権能を発揮するのだ。

 街の中では腕の立つジンライであったが、マサユキの能力スキルの前には敵ではなかった。

 だが残念な事に、マサユキはその事実を知る由もない。そんな恐るべき能力スキルの完全解放を為し得たというのに、マサユキは何も自覚していなかったのだ。

 それでも何も問題はなかった。

 何しろこの『英雄覇道エラバレシモノ』とは、常時発動型パッシブスキルだったのだから。

 マサユキが持っていた、英雄ヒーローになりたいという願望。それが生み出した『英雄覇道エラバレシモノ』は、もう止まらない。

 本人が望むと望まざるとにかかわらず、とんでもない勢いでマサユキを英雄へと駆り立てる……。

「そうか、金髪の勇者……」

「お、おう。聞いた事があるぜ──」

「確か、一昔前に活躍していたって勇者様だな? 行方不明になったと聞くが──」

「まさか、復活されたのか……?」

 周囲のざわめきが大きくなった。

「勇者?」

「勇者だって?」

「まさか──」

「いや、あの強さだ。彼は本物だぞ!!

 誰が言い出したのか、マサユキが勇者であるという話が流れ始めている。

(いや、この髪、染めてるだけなんですけど……)

 マサユキが気付いた時には、はや手遅れとなっていた。周囲の者達の視線には熱がこもり、憧れの人物を前にしたように輝いていたのだ。

「は? えっと、人違い──」

 慌てて否定しようとしたマサユキだったが、足元からとどろく大音声がその声を掻き消した。

「散れ、お前等! この俺を簡単に倒した勇者様に、何を馴れ馴れしくしてやがる!!

 そう、今マサユキがその幸運で倒してみせたジンライが起き上がり、周囲に集まっていた野次馬達に吼えたのだ。

 そしてジンライはマサユキに向き直り、姿勢を正して頭を下げる。

「さっきは失礼しました。まさか勇者様だとは思いもせず……」

「いや、だから違──」

「俺の名は、ジンライと申します。ここらでは〝狂狼〟という二つ名で、少しは名が知られている冒険者でして。ちょっとてんになっていたもんで、失礼しました。勇者様の華麗なる技を体験し、自分はまだまだであると痛感しました。こんな俺ですが、是非とも手下の一人に加えてやって頂けませんでしょうか?」

 そう言ってジンライは、更に深々とマサユキに向かって頭を下げた。

 マサユキとしては、困惑するしかない。こんな大男に手下にしてくれと言われても、自分に何が出来るかもわからないからだ。

「いや、だからですね、俺は勇者とかじゃなくて──」

「おお、勇者様という事は隠しておきたいのですかな? では、何とお呼びすれば? それと出来ましたら、お名前を教えて頂ければ幸いです」

 頑張って否定しようとするマサユキの言葉を聞き流すように、ジンライはニカッとした笑みを浮かべて質問を重ねた。

 マサユキとしてはお手上げである。

 ジンライに吼えられて大人しくなった野次馬達も、かたを呑んで成り行きを見守っているし、もうどうにでもなれという心境になっていた。

「俺の名はマサユキ。マサユキって呼んでくれ。この街に来たばかりで──」

 このジンライという男がここまで言うのだから、飯くらいそうになろうとマサユキは考えた。どうせなら何も知らない事にして、色々と話が聞ければ儲けものという思いもあったのだ。

 だが、マサユキが思っていた以上に、事態はとんとん拍子に上手く運び始める。

「わかってますよ」

 訳知り顔で頷くジンライ。

 そしてマサユキの耳元まで顔を近づけ「復活したばかりなんでしょ、勇者様?」と問う。

 はあ? と思ったマサユキだったが、ジンライの勘違いを利用する方がいいかと思い直した。何せジンライは、マサユキが何を言っても聞く耳を持っていなそうだからである。

 それに──

(勇者に負けた事にしないと、この人のプライドがズタボロだもんな。そういうふうに話を合わせといた方が良さそうだ)

 と、マサユキも納得したのである。

 こうしてマサユキは、それ以上〝勇者〟と呼ばれる事を否定しなかった。

 それは痛恨のミスとなる。

 何故ならば……。

 これが原因となり、〝勇者〟──せんこうのマサユキの伝説が始まってしまったのだった。

 その後、駆けつけた自由組合の職員によってマサユキは保護されて、イングラシア王国の王都へと護送される事になった。

 そこで出会ったのが、神楽坂優樹ユウキ・カグラザカである。

「君も大変だったね」

 そう言われた時、マサユキは不覚にも泣きそうになった。

 しかし詳しく話を聞けば、ユウキという少年はこの世界に来て十年近くになるという。身体からだの成長が止まってしまっているらしいので、見た目は少年といった風情だ。実際の年齢からすると、中学生の頃に来た計算になるようだった。

(僕以上に苦労しているのかよ……)

 そう考えると、マサユキとしても泣いている場合ではないと、頑張る気力が湧いてくるようだった。

 マサユキはユウキと相談して、冒険者を目指す事にした。幸いにもジンライが仲間になってくれたし、ユウキも色々と面倒を見てくれると約束してくれた。

 マサユキとしても、いつまでもユウキに甘えてばかりはいられないと思った。なので、冒険者になって自立しようと考えたのだ。

「何だか知らないけど言葉がわかるようになったし、ユウキさんに比べれば恵まれていたのかも知れないですね」

「本当だぜ? 僕がどれだけ大変だったか……。と言っても、僕にも師匠がいたお陰で、そこまで苦労はしなかったんだけどね。この世界には魔法があるから、言葉を話すだけなら案外簡単に出来るようになるんだ」

 そこから先の読み書きは大変らしいが、会話だけならば魔法で習得可能なのだと説明された。そしてユウキは、手元の資料を一通り眺めて、マサユキの仲間になりそうな人材を紹介してくれた。

「そうそう、このバーニィだって、魔法で言語を習得したんだよね」

 バーニィという青年も、魔法で言葉が話せるようになった一人なのだそうだ。

 バーニィはイングラシア学院の卒業生で、ユウキが保護していた〝異世界人〟だった。アメリカ出身で英語しか喋れなかったらしく、ユウキとの意思疎通も難儀したそうだ。そこで出番となったのが魔法であり、それ以降バーニィは魔法に魅せられて、学園での勉強を希望したのだという。

 バーニィは冒険者になったばかりで、冒険者仲間パーティメンバーを探していた。そこにやって来たのがマサユキ達で、一緒に活動する事になったのだった。

 こうして、三人組が出来上がった。

 マサユキ達は圧倒的な速度で成長し、半年も経つ頃にはチーム〝閃光〟と呼ばれるようになる。

 ジンライは元々C+ランクだったのだが、その実力はBランクに匹敵するものだった。それにバーニィの魔法もあるので、安定した狩りが可能であった。

 マサユキは剣道をかじった程度の素人だったが、超希少な『英雄覇道エラバレシモノ』を持つ男である。この能力スキルは仲間にも適用されるので、仲間達の攻撃も全てが致命の一撃クリティカルになる訳だ。

 この能力スキルの影響下にある仲間達は、その実力以上の強さを発揮するようになった。ジンライなど、Aランクの壁を越えた強さを見せ付けるほどだ。更には、敵からの攻撃が当たりにくくなるという加護まで与えられる為、向かう所敵なしとなったのだった。

 そして、『英雄覇道エラバレシモノ』の真骨頂が発揮される。

 何とびっくり。

 仲間の為した行為であっても、その全てがマサユキの功績として還元されたのだ。

 チーム〝閃光〟としての評価も全て、マサユキ一人が負う事になった。その結果、閃光のマサユキという二つ名まで広まる事になる。

 丁度その頃、イングラシアの王都で開催される武闘大会に参加したのも、マサユキの二つ名が広まるのに拍車をかける。

 装備を整える為の優勝賞金が目的だったのだが、簡単に優勝出来てしまったのだ。

 何しろマサユキが剣を抜いただけで、相手が「参った」と言って敗北を宣言してしまうのである。

 それを見た観客は、マサユキの瞬速攻撃であると勘違いしてしまった。

 実際には、マサユキは何もしていない。

 しかし観客にはそれがわからない為、〝閃光〟という二つ名から、マサユキを過大評価してしまうのだ。

 全ては、ユニークスキル『英雄覇道エラバレシモノ』の権能によるものだった。

 マサユキもこの頃には自覚していたが、もう止めようがなかった。

 というか、止め方がわからないというのが正解だ。

 この能力に対抗するには、最低でもユニークスキル保持者でなければ抵抗レジスト不可能である。マサユキが自分の意思で止められない以上、うわさが拡散するのは当然の成り行きだった。

 マサユキとしては胃が痛くなる思いであったが、それで不利益をこうむる訳ではない。なので諦めて、適当に民衆の期待に応えるフリをして、〝勇者〟を演じる事にしたのだった。

 そしてその頃、四人目の仲間が加わった。

 ジウという名の少女である。

 かなり高レベルな〈精霊魔法〉の使い手で、マサユキの噂を聞きつけてやって来たのだ。

 当初はマサユキを、〝勇者〟を名乗る不届き者だとなじっていたジウ。しかしいつしか、マサユキの事を信奉するようになっていた。

 変わり者だが回復魔法も扱えるジウは、パーティの要として活躍するようになったのだった。

 こうしてマサユキとその仲間達は、破竹の快進撃を続けた。

 冒険者としてもAランクに到達し、武闘大会では負けなし。

 イングラシア王国を活動拠点として、たった一年足らずで英雄の仲間入りを果たしたのである。

 ………

 ……

 …

 そんな感じで、とうの一年が過ぎようとしていた。

 自分でもあきれるしかないが、今ではマサユキは勇者と呼ばれる事に慣れてしまった。人は状況に慣れる生き物だというのは本当だなあと、マサユキは他人事のように思ったものだ。

 喝采を浴びる自分に、疑問を抱く日々。

 そんなマサユキに、大きな転機が訪れる──