1章 異世界への招待状


「はぁー、今回追加のもめっちゃ可愛いな」

 手に持つスマートフォンを眺めながらため息をつく。画面に映っているのは、今オタク界隈で話題になっている美少女育成型ソーシャルゲームアプリ『Girlsガールズ Corpsコーズ』。略してGCと呼ばれるゲームだ。

 半年前にサービスが始まり、今ではダウンロード数一千万人を超え、そこそこ人気がある。内容は美少女を集めて軍団を作ろう、というシンプルなものだ。

 作った軍団でイベントの魔物達と戦ったり、ユーザー間同士でのバトルなどができる。

 シナリオもあって、世界観は中世ヨーロッパ風。出てくるキャラは勿論ほぼ女の子。全員ただの女の子ではなく、戦士や魔導師などの戦う女の子達だ。

「でも……今月厳しいしなぁ……」

 そして今、俺は猛烈にこのゲームで悩んでいる。何に悩んでいるかというと、ガチャだ。

 このゲームではキャラを取得するのに、大きく分けて二通りの方法がある。イベントでの配布か、課金をしてガチャを回し手に入れるかだ。

 そしてガチャを回すには、魔石というアイテムを使用しなくてはならない。魔石はユニットの所持枠を増やしたり、クエストをするためのスタミナ回復に使ったり用途は様々だ。

 魔石を手に入れる方法は、運営がイベントなどで配布するか、ユーザーが課金して魔石を購入するかの二つ。

 一個百円から購入可能で、まとめ買いは五個からで五百円。十個からは千円でおまけに一個付いて十一個。一度に購入する個数が多ければおまけも増えるから、基本的にユーザーは最高金額で購入する。

 ガチャは単発一回、魔石五個。十一連で五十個必要だ。単純に考えたら一回五百円、十一連で五千円ということになる。

 正直に思う、これは馬鹿げた値段だ。しかもキャラだけではなく、武器やアイテムなども混入しているという珍しいもの。しかし、これを回してしまう人が後を絶たない。

 人気イラストレーターと人気声優のダブルコンボという、このゲームの魅力は半端ない。俺も既に三桁近いきちがガチャに飲み込まれている。

 それでだ。

 今回このガチャに追加されたキャラ、URルーナ・ヴァラドちゃん。ロングの金髪、ロリ吸血鬼。

 これを見た瞬間に、これは地獄になるなって思ったよ。実際某掲示板では、爆死者達のえんの声で満ち溢れていた。

 ある者は爆死したことを嘆き、ある者は運営の低確率ガチャに怒りの声を上げ、ある者はまさかとは思うけど、ルーナちゃん持ってない奴なんておりゅの? とあおる。

「一体何人の諭吉を使えば手に入るんだよ……」

 現在の時刻はそろそろ日付が変わる時間だ。日付が変わった直後に当たる確率が上がると信じる、〇時教の信仰者である俺はその時を待ち続けていた。俺はこの〇時教オカルト理論で、今まで十回試して一回も成功していない。まさにただのオカルト。

 だけど今月厳しい俺には、このオカルトにも頼らずにはいられない。そんなにやばいなら止めろという考えも浮かぶのだが、ガチャを回すことを止めることはできない。

 もうアプリの再起動も済ませ、PCがある机の上にスマホを置き、両手を合わせて祈祷もした。準備万全だ。

「うわぁ……それにしても確率ひっでぇな」

 待つ間もPCで某掲示板を見ながら、増え続けるレスを辿っていく。

 十万ドブった、二百二十連突破とか草生える……、などなど続々と爆死報告が増え続けている。この惨状を見てもなおガチャを回そうと思う俺は、相当毒に侵されてしまっているのだと自覚するが、回さずにはいられないな。

「おっと、危ない危ない」

 そんな怨嗟の声を見ているうちに、時刻は日付変更寸前。急いでスマホを操作して画面をガチャ画面へと切り替える。漢、おおくらへいはち、いくぜ!

「……三、二、一! いっけぇぇぇ! 僕の想い! ルーナちゃんに届けぇぇ!」

 時計は〇時の針を指した。自分でも気持ちが悪いと思いながら、声を張り上げスマホをタップする。

 画面には光り輝く宝箱が映し出された。勿論俺の選んだガチャは十一連。この一押しで五千円が吹っ飛んだのかと思うと武者震いがしてくるぜ。

 宝箱は、銀、金、白、そして虹色へと変化していく。

「おっ、おっ、ふぉおー! URきたぁぁ! これは勝ちましたわ!」

 虹色に輝く宝箱はURの証。そして俺の狙いも最上級レア、ルーナちゃんだ。

 URの確率は一パーセント程なのでこれはとても運がいい。流れがきてる。たとえルーナちゃんじゃなくても、倍プッシュせざるを得ない。

 そう期待を込めながら、宝箱の中から放出されるアイテムを確認していく。

【R鉄の剣、R鉄の短剣、R回復薬、R鉄の鎧、SRエクスカリバール、R銅の蹄、Rナックル、SR鍋の蓋、SR鋼鉄の剣、R食料、UR異世界への招待状】

 見てのとおりこのゲームのガチャは、キャラの排出率が非常に偏っている。【食料】や【回復薬】はユニットの体力や疲労度回復用のアイテムだ。

 はぁ……URは出たけど、やっぱりルーナちゃんじゃないか。

「はは、まぁガチャなんてこんなもんだよなぁ。……さて、もう一回……あ、一回分しか金入れてなかった」

 気を取り直して次の十一連を引こうとしたけど、ガチャ画面の十一連ボタンは黒くなっている。魔石が足りていないということだ。

 ルーナちゃんに気を取られて、十一連一回分しか金額を入れてなかった。俺ってばうっかりさん。

 課金するべく魔法のカードを取り出そうとしたのだが、ふと、その手を止めた。さっきのUR、全く聞いたことも見たこともないということに気が付いたからだ。

「えーと……おっ、あった」

 早くガチャを引きたいという気持ちもあるが、未知なるアイテムを確認したくもなる。

 さっそくスマートフォンを操作し、アイテム欄を開き排出されたものを選択して詳細を確認した。

【UR異世界への招待状】

 異世界へ招待された証。使用すると、異世界へと旅立つことができる。

 ……何これ? 異世界への招待? 詳細欄を見てもこれ以上のことは書いていない。PCで検索してみても、ネット上にこのアイテムに関しての情報は一切なかった。

 もしかして……世界中で俺だけがこのアイテムを当てたってことか? ぐふー、こりゃとても気分がいいぞ。

 さっそくアイテムを使うためにタップしようとしたが、踏み止まってスクリーンショットを保存しておく。後で持ってない奴おりゅするための証拠を残しておくのだ。せっかく当たったんだし、自慢したいじゃん?

 保存し終えた俺は、ガチャのことも忘れて招待状をタップした。すると、【本当に使いますか? Yes、No?】と最後の確認が表示される。

 迷わずYesを押すと、画面が白く輝き始めた。このワクワク感、久しく忘れていた子供の頃を思い出すようだ。

「おっ、何だこの演出。ずいぶんと派手……え?」

 光が凄いなーっと眺めていたが、徐々に凄いどころかスマホが震え直視できない程に輝き出す。これやばいんじゃないかとスマホを手放そうとしたけど、その前に俺の視界は全て白く染まった。



「くっそ、何なんだよ今の……」

 スマホからの閃光で目をやられ、涙が流れる。目を覆いたくなるような光を出すなんて、スマホってこんなにやばいものだったのか……。

 演出だとしてもこの光量は馬鹿なんじゃないの。勘弁してくれ。

「前が見えんぞ……あれ、何か風が」

 部屋の中のはずなのになぜか風を感じる。窓開けてたっけ? 視界が回復したら閉めるか……あれ? 何か足元の感触が変だぞ……。

 俺の部屋は床がフローリングのはず。しかし、今の足元の感触はとてもざらざらしている。まるで裸足で外を歩いているかのようだ。

 さっきまでこんなにざらざらしてなかったはずなのだが……食べ物を食った時に食べカスこぼしてたかな?

「寝る前だっていうのに……片付けないとな。あー、やっと視界が……ん?」

 溢れ出ていた涙も止まり、閉じていたまぶたを開いた。

 すると視界に入ったのは、まぶしい日の光に照らされた草原が広がる大地。

 もう一度目をこすり周囲を確認してみても、やはり自分の部屋じゃなくて草原だ。

 あれ……俺、部屋の中にいたはずだよな? なのに……何でサバンナみたいな場所が目の前に広がっているんだ?

 辺りをグルっと見回すと、どの方向にも草原が地平線まで続いている。何なんだよここ……。

 俺はさっきまで部屋にいてGCをやっていたはずだ。それなのに今は、広大な草原のど真ん中で立ち尽くしている。

 まるで意味がわからんぞ。まさかあの後ルーナちゃん引けなかったショックで気絶して、今は夢の中なのか?

 ……そうだ、そうに違いない。ここまでリアルな夢は初めてだ。そもそもガチャる時午前〇時を過ぎてたのに、今はお日様が輝く朝になっている。これは夢に違いない。

 夢では痛みを感じないとよく聞くし、ここはありきたりだが試してみよう。

 そういう訳で、さっそく頬をつねってみたのだが……。

「……痛い。つまりこれって……いや、まだだ、まだ決まった訳じゃ……」

 痛みだけで夢かどうか判断するのは駄目だな。正直今にも走り出して叫びたい気分だけど、落ち着くんだ。

 知らない場所にいるせいか、妙に心臓がドクンドクンと鼓動して落ち着かない。もしこれが現実だったら非常にまずい事態だ。

 まず今の俺の格好はパジャマに裸足。この見渡せる程広い大地を歩くのは無謀過ぎる。素足で外を歩くなんて数年振りな気がするぞ。

 それに、もし野生動物がいた場合、この場所で襲われたら完全に詰む。野生の獣に追いかけられて逃げ切れるほど、自分の体力に自信がない。

 まずは避難できる場所を探すべきか。広がる草原を確認すると、少し離れたところに木が生えているのが見えた。とりあえずはそこを目指し、木の上に登って安全が確保できるかだけ確かめよう。高所からなら、人がいそうな場所もわかるかもしれない。

 ……蛇やヒョウがいませんように!



 しばらく歩いてだいぶ木のそばまで近づいてきた。裸足なので足元を確認しながらだったから、結構遅くなってしまったな。

 移動を開始したのが日が昇って間もなかったのか、まだ日が沈むまでは時間がありそうだ。この草原で夜を明かそうとしたら、間違いなくあの世行き確定だろうな。木の上でやり過ごせば何とかなるか?

 向かっている木の高さは五メートルより高い程度だ。うーむ、裸足でも頑張れば登れそうだな。

「グキャァ? ──! ──!」

「ん?」

 思考に没頭しながら歩いていたら、突然後ろから何かの声が聞こえる。振り返ると、そこには人間の子供ぐらいの大きさをした、二足歩行をする紫色の生物がいた。

 片手には木製らしき棍棒を持ち、興奮したかのようにこちらを指差している。

「おっ、おっ……うおおぉぉ!?

「──!? ──!」

 こいつが何なのか考える前に、俺は何かヤバイ雰囲気を感じ取り、叫びながら全力で木に向かって走り出した。

「ハァ……ハァ……、くっそ、何だあれ……」

 駆け出してすぐに木の根元へと辿り着いた俺は、急いで木の上へとよじ登った。これでも一応肉体労働の仕事をやり、まだ二十代前半だ。これぐらいなら登れるさ……結構ギリギリだったけど。

 四メートル程登った後、太い枝に乗り、幹に身を寄せて下を見てみる。登ってきてたら蹴り落とさなきゃ……。

「──! ──!」

 紫色の生物は俺を見上げながら叫んでいる。間違いなく、あいつは俺を狙っていたようだ。すぐに勘付いた自分を褒めてやりたい。

 一応安全を確保できたみたいだし、落ち着いてあの生物を観察してみようか。

 長い耳にデカイ鼻。背丈は俺の股下ぐらい。顔は醜いというか……化け物って感じで怖い。

 あれって……ゲームとかによく出てくるゴブリンって奴か? 木登りをするタイプじゃなくて助かった……叫ぶだけで登る素振りを見せないから、たぶん平気だ。というか登ってこないでください、お願いします!

「──! ──!」

 しばらくゴブリンが登ってこないか見張っていると、突然大声を上げ、棍棒で木を殴りどこかへ走り去っていった。

 何とか危機は乗り切ったってことか?

「はぁ……助かった。何なんだよここ……あんな生物がいるなんて、まるで別世界……あれ?」

 助かったことに安堵し、漏れた一言で気が付いた。

 別世界……つまり異世界。

 ここに来る前にGCで使ったアイテムは、異世界への招待状。

 ということは……俺がこんなになっているのはあのアイテムが原因?

 ……はは、そんな馬鹿な。ゲームでアイテム使ったら異世界でした、なんてことあってたまるか。

 思わずスマホはどこだと体中を手で探ると、パジャマのポケットにスマホが入っていた。電源は最初から入っていたから、ホームボタンを押してみる。

 表示されたのは、いつものホーム画面じゃなくて、なぜかGCのトップ画面。そうか、ここに来る前やってたからだよな? とホームボタンを二度押してみたが画面は変わらない。

「あれ、おかしいな。壊れたか?」

 カチカチカチカチと何度も押すが、スマホがGC以外を表示することはなかった。くっそ、と思いながらも、今度はGC内部を見ようとタップをしてみたのだが……。

「はぁ!? 1……レベル1だと!」

 さっきまで200レベルは超えていたGCのプレイヤーレベルが1と表示されていた。名前も漆黒のシュヴァインから、大倉平八に変わっている。まさか……とユニットとアイテム欄を確認すると、大倉平八という名前で俺の顔がアイコンとなっているユニット以外全て消えていた。

 俺の名前のユニットだけ残っていることに、何だか背筋がゾッとする。しかしデータが消えていることを認識した俺は、そんな不気味な思いも消え失せ頭に血が上ってきた。

「ふっざっけんな! おい、俺のデータほぼ全ロストしてんじゃねーかよ! ああぁぁァァ!」

 怒りのボルテージが上がり、スマホをぶん投げそうになったが踏み止まる。

 Be cool、Be coolだ俺。

 あまりの怒りに手が震えてくるが駄目だ。恐らく唯一残された手がかり。失う訳にはいかない。

 それから結構な時間いじくっていたが、大した手がかりは見つからなかった。わかったことは、GCの画面が大幅に変わっていることぐらいだ。

 ユニット、アイテム、ステータス欄、ガチャ、それ以外の全てが消えていた。

 そしてもう一つ。ガチャを引くために必要な魔石が五十個補充されていたのもわかった。

 ガチャから出た招待状でこの世界へと引き込まれた……つまりこのガチャに何かあるのか? ガチャの欄には【初回十一連URユニット確定】とバナーまである。

 まさかなーと内心思いながら、この状況でガチャを引くためにタップした。

 こんな状況でガチャするとか、俺って本当にどうしようもないな。だけど、やっぱりガチャを回すっていうのは胸が躍る。何だかワクワクしてきたぞ。

 画面に宝箱が映し出される。宝箱は、銀、金、白、そして虹色へと変化していく。URユニット確定というのは真実のようだ。

【Rキャンプセット、R食料、R布の服、R銅の鎧、R銅のレギンス、Rブーツ、SR鍋の蓋、SRエクスカリバール、Rポーション×10、SSR言語の書、URノール・ファニャ】

 画面に表示された宝箱が開き、中から次々とアイテムが排出されていく。

 ちっ、ルーナちゃん出なかった……じゃなくてだ。このRキャンプセットとSSR言語の書ってなんだろう? こんなのGCにはなかったはずだ。

 詳細を見るために、スマホを操作してGCのアイテム欄を開いて言語の書を選択した。

【言語の書】

 異世界の言語を理解することができる。

 使用時に少し頭痛がする、かも?

 ……何なんだこれ?

 試しに言語の書をタップしてみた。すると、またスマホの画面が発光し始めて、目の前に光が集まると一冊の本が目の前に現れる。

「な、何だこれ……実体化しやがったぞ。中身は……ッ痛!?

 現れた本を手に取り開いてみた。そして文字が視界に入った瞬間、軽い頭痛がして反射的に体が少しビクンとしてしまう。

「かも? じゃなくて、頭痛するじゃねーか! はぁ……まあいいや。それよりも実体化か」

 このGC内の物が実体化するのだとしたら……。ユニットはどうなるのだろうかと、俺の中で期待感が満ちてきた。

 今引いたユニットはノール・ファニャ。

 このユニットはGC内でも上位に君臨するぶっ壊れユニットなのだ。UR自体がぶっ壊れだとも言われるが、ノールは頭一つ抜けてぶっ壊れている。

 高まる期待を抑え、ノール・ファニャの召喚石を選択した。GCのユニットは一度アイテム欄に召喚石として入り、後で選択して解放する方式なのだ。

【ノール・ファニャを召喚いたしますか? Yes、No】と表示されたので、Yesを選択。すると、先程と同じように画面から光が溢れ出す。そして俺の目の前に光が集まり人の形になり、パッと見ると、白い甲冑をまとった銀髪の少女と思われる姿がそこに現れた。

 何でパッとしか見られなかったかというとだ……。

「あなたが──へ? ああぁぁァァー!?

 現れて何かを言おうとした途端に、悲鳴を上げながら彼女は背中から落下していった。

「あっ、やべぇ……木の上にいたのすっかり忘れてた……」

 落下していく彼女を眺めながら、俺は唖然としていた。これはやってしまったか……。



「うぅ……ひどい、酷いのでありますよ……」

 白銀の甲冑と鼻の部分まで隠したヘルム。甲冑の下には黒いハイネックタンクトップに、膝下まである白いスカートを穿いている。

 光が当たりキラキラと輝いて見える、ポニーテールに結わいた銀髪には目を奪われそうだ。

「初のあるじとの対面だというのに、こんなのあんまりなのでありますよぉ……」

 黙っていればその姿は神秘的な雰囲気なのだが、今は涙声で体育座りをして、それも台無しになっていた。



 腰には鞘に収められた立派な剣を携えているけど、白銀の縦長の盾は近くの地面に転がっている。

 そんな彼女はノール・ファニャ。最上位レアのURユニット。

 GCのユニット性能においては、上から数えた方が早い程の評価。その反面見た目の評価はあまり良くなかった。

 それは美少女が売りであるGCで、ヘルムを被り素顔を晒さないキャラクターだったからだ。

 それでも持っていた数少ないURの一人だったので、俺としてはかなり気に入っていた。年齢は設定で詳しく決まっていなかったはずだが、たぶん十六、七歳辺りだろう。

 彼女の固有能力は【騎士の加護】。自軍にいるだけで、全ユニットの攻撃、防御に三十パーセントのバフがかかる。そして、スキル【鼓舞】を使うと一分間全ステータスが二倍に上昇するのだ。完全に壊れたキャラだったな。

「本当に申し訳ございませんでした。私も色々とあり混乱していて、冷静さを失っていたみたいです」

 俺は深々とノールに頭を下げた。

 考えごとをしてうっかりしていたが、俺は彼女にとんでもなく失礼なことをしていたのだ。間違いなく第一印象は最悪だろう。丁寧に謝って、少しでも印象回復に努めなければ。

 何せ呼ばれて早々に四メートル程の高さから落下させられたのだ。そりゃ文句の一つや二つは言いたくなるよね。殴られたっておかしくない。

 でも見た感じ無傷で元気だ。あの高さから落ちても無傷で済んでいることに、俺は内心驚いているぞ。

「むぅー、いいのでありますよ。本当は、あなたが──私のマスターでありますか? という感じで、カッコ良く決めたかったのであります……。それよりも! もう少しくだけた感じで、話していただきたいのであります! 何だかムズがゆいと言いますか……話しづらいのでありますよ」

「そうかな? それはすまなかった。もしかしてちょっと変だった?」

「無理してるのがビンビンと伝わってるのであります」

 口をとがらせ納得いかないという感じではあるが、何とか許してもらえたようだ。

 しかしこういう丁寧な話し方というのはどうも慣れない。すぐ見抜かれてしまったし、ノールも普段どおりにしてくれって言うから、戻すとしよう。

「……とりあえずお互い自己紹介からしようか。俺は大倉平八だ」

「名乗り遅れて申し訳ありません。私の名前は、ノール・ファニャ。ノールと呼んでほしいのであります。以後、よろしくお願いするのでありますよ!」

 互いに握手をして自己紹介を終える。まあ、俺の方は名前知っていたんだけどね。

 さて……これからどうなるんだろうと不安だったが、ノールが来てくれたおかげで希望が見えてきた。このまま安全な場所まで移動……といきたいところなんだけど、その前に彼女が現状をどの程度把握できているか確認しておこう。お互いに認識の差を、可能な限りなくしておかないと。

「で、さっそくだけどノール。どれぐらい今の状況を把握してるんだ?」

「はい! まず、私は大倉殿の手助けをするために召喚されたということ。そしてここが、大倉殿がいた世界とは違うということであります!」

 おぉ、俺が別の世界から来たということは理解しているみたいだ。事情を話さなくて済むし、異世界の人間だとわかっている相手だというのは安心できるな。

 それにしても俺の手助けか……GCでも主人公のために女の子達は召喚されて、協力してくれる設定だった。そのまんまということか?

「ふむ、召喚時間とかは決まっているのか? それと、何で俺が異世界から来たってわかった?」

「召喚される際に、私達は召喚者の知識と記憶をある程度いただけるのでありますよ。召喚に時間制限はないのであります。その代わりコストによる制限がありまして、今は私を召喚したら他の者は召喚できないのでありますよ」

 俺の知識と記憶がある程度貰えるか。ゲーム内の二次元的な知識だけではなく、俺の持つ三次元の知識。つまりは、現実の知識があると。召喚に時間制限がないのも助かるな。これなら護衛を頼むのも問題はなさそうだ。

 それとコスト制か。GC内でも軍団編成には、総コストの合計で制限がかかっていた。たしか初期値は十五。ノールのコストも十五のはずだから、これもゲーム設定の引き継ぎか。

 コストはレベルに応じて一ずつ上昇する仕様だった。ということは、俺のレベルを上げれば、使用できるコストも増えるってことなのか?

「おーけー。じゃあまずは、俺の安全が確保できるまで護衛をしてほしい」

「了解であります! それと、私は大倉殿のチュートリアルの指導役でもあるのでありますよ」

「チュートリアル?」

「そうなのであります! さっそく敵が出てきたのでちょうどいいでありますね」

 チュートリアル。それはゲームの始まりに、操作方法などの解説をするお約束的なもの。装備欄、スキルの使い方、戦闘の方法などをやるのだが……つまり敵が来るってことだよね?

 ノールがちょうどいいと指差す先を振り向くと、さっき俺を襲ったゴブリンが五体に増えて向かってきていた。

「ニンゲン! コロス! オデクウ、アイツクウ!」

「うわっ!? こ、こいつさっきの奴じゃないか!?

「落ち着くでありますよ。まずは、スマートフォンで装備画面を開いてほしいのであります」

 複数のゴブリンが叫び声を上げ、棍棒を振り回しながらこっちに駆け寄ってきた。

 ノールは落ち着いた様子で腰に携えた片手剣を引き抜くと、俺の前へと歩み出る。

 彼女の抜いた白銀の刃。装飾品などはないがシンプルゆえに、その刃の美しさが際立っていた。

 それと対になるような白銀の盾もノールは構えている。

「うひゃ!? こ、こうか?」

「次に、装備画面で防具と武器を選択するのであります」

 その刃に見惚れていたが、走ってきたゴブリンの棍棒をノールが弾き返したところで我に返る。急いで彼女に言われたとおりに装備画面を開く。

「お、おぉ!? こ、これは……」

 言われたとおりに布の服、銅の鎧、銅のレギンス、ブーツ、鍋の蓋、エクスカリバールをタップしていく。すると、俺の全身がスマホから出た光に包まれる。

 光が消える頃には、俺の体はさっき選んだ装備を身に付けていた。手には鍋の蓋に、黄金の光を放ちながら輝くバールのようなものが握られている。

「準備できたでありますね? それでは、チュートリアルを始めるのであります!」

 俺の準備が終わったことを彼女がこちらを見て確認する。そして今まで相手の攻撃を弾くだけだったノールが自分から動き出した。

 一般人である俺にはその動作がよく見えなかったが、一瞬で奴らの間へと滑り込んだみたいだ。その後、剣を二回振るとすぐにこっちへと戻ってきた。

 五体いたゴブリンの内、四体がその二振りで首から上をはね飛ばされて胴体が力なく倒れる。ゴブリンの死体はその後発光し、小さい何かへと変化した。

「すっげぇ……」

「コイツ、ツヨイ! ナンデ、ナンデ」

 俺はゴブリンの死体の変化よりも、ノールの身のこなしに目を奪われていた。この平八の目をもってしても、あの動きを見抜けないとは……いや、完全に節穴なんだけどね。

 仲間を瞬殺され残されたゴブリンは困惑し、うろたえている。

「まずは慣れるために、大倉殿にはその残った敵を倒してもらいたいのであります」

「倒す?」

「そうなのであります。この世界で活動していくには、必須事項でありますよ」

 鞘に剣を収め、もう手出ししませんっという風に、ノールは近くの木に背中を預けてこちらを見ている。

「大倉殿ー、頑張るでありますよー」

 ノールの方を見ていた俺は、目の前にいたゴブリンを完全に忘れていた。彼女が指を差し俺がそっちを振り向くと、走ってくるゴブリンが視界に入る。

「オデ、カタキウツ! オマエ、ヤツザキ!」

「うわっ!? ちょ、ちょっと待て!」

 仲間を失い、怒り狂ったゴブリンが俺へと棍棒を振り下ろした。とっさに手に持っている鍋の蓋でその攻撃を受けると、ズッシリと重い衝撃が腕へと走る。

 ゴブリンは休む暇もなく雄叫びを上げ、鍋の蓋へ棍棒を何度も叩きつけてきた。

「無理無理無理! ヘルプ! ノール助けて!」

「平気でありますよー。大倉殿なら、十回以上攻撃されても問題ないのでありますよー」

 俺は必死になって助けを呼ぶが、返ってきたノールの声はとてものんびりとしたものだった。

 平気だと言われても、受け止める蓋からの衝撃を考慮するとこれは確実に痛い。痛いどころか骨が折れるぐらいまではいきそうなぐらいだ。何を根拠に平気だと言っているんだ!

「あっ」

「チャンス、チャンス」

 何度も攻撃を受け止めていたが、ついに腕が疲れ蓋を弾かれた。ゴブリンはそれに喜びはしゃぐと、棍棒を俺の腹へと殴打する。

「っ! ……あれ? あんまり痛くない」

 ズシリと横っ腹に棍棒を食らう衝撃を感じた。痛みに備え目をつぶこらえていたが、予想とは違い軽い痛み程度しかしない。

 ゴブリンは動じない俺に唖然としていた。これはチャンスだと俺はエクスカリバールを振り下ろす。

 反撃されると思っていなかったのか、防御をする暇もなく俺の攻撃はゴブリンの頭部へと突き刺さった。

 頭蓋骨を貫通する手ごたえは全くない。まるで豆腐を削るかのように頭部は半分程えぐれ、体は力なく地面に倒れる。

 死体はすぐに光に包まれ、棍棒と牙のようなものに変化した。

「大倉殿、大丈夫でありますか?」

 終わったことを確認したノールが近づいてくる。たぶん彼女は最初からこうあっさり終わるのを予想していたのだろう。騎士というキャラクター設定は伊達ではなかったか。

「大丈夫でありますか? じゃねーよ! せめてもう少し余裕持たせてからやらせろよ!」

「いふぁい!? いふぁいのでありまふー!」

 事前にもっと説明とかあっても良かったんじゃないですかねぇ。せめてもの仕返しに、俺はノールに近づいて両頬を引っ張る。

 引き伸ばした彼女の両頬は、モチモチとしたなかなかいい触り心地だった。