プロローグ


 異世界へ飛ばされ、薬草採りや魔物退治を経て前線都市デシバトレへと進んだ俺ことカエデは、デシバトレの先に存在した前線都市、ブロケンの奪還作戦に参加することとなった。

 奪還作戦は『新世代の篝火』による妨害を受けながらも、召喚された亜龍の討伐、そして外壁の完成をもって成功したが、都市としてのブロケンは魔物と年月により完全に崩壊しており、僅かな痕跡しか残されていない。

 今ここにある建造物は、俺達が作った外壁だけだ。

 これでは、まだ前線都市とは言えないだろう。

 この外壁を維持するには、当然都市にする必要がある訳で──

「今から一ヶ月で、ブロケンを街にする!」

 ブロケン奪還の翌日。

 奪還戦でリーダーを務めたAランク冒険者ガストが、こう宣言した。

「一ヶ月は、流石に短くないか?」

 宣言を聞いた冒険者の一人が、すぐさま疑問を口にした。

「ああ。街を作るのに一ヶ月は、確かに短い。だが、今はカエデがいる」

 冒険者と話していたガストが、突如俺の方を指した。

 どうやら俺は、すでに作戦に組み込まれているらしい。

 ブロケン奪還戦が終わったら、一度オルセオンにでも戻ろうと思っていたのだが。

 まあ、そこは後で通信機を使って、フィオニー達に伝えておけばいい。特に理由があって戻る訳でもなかったし。

 だが問題は、俺の都合だけではないのだ。

「プレハブ工法を使うのか? あれは近くの工房を総動員して、一気に建材を作ったからこその速度なんだが……」

「カエデさえいれば、その辺は何とでもなる。デシバトレから移築してもいいし、それで足りなければ国に圧力でもかけて──」

「デシバトレを移築! 良いアイデアだな!」

 この冒険者、平然と『国に圧力』とか言い出したぞ。

 いくら前線都市でも、そこまでの権限は……ないと言いきれないのが、この都市の恐ろしいところだな。

「よし。頼んだぞ」

「デシバトレ、まだいるの?」

「ああ。あと一ヶ月くらいは滞在することになりそうだな」

「やったー!」

「じゃあ私も、もう一ヶ月デシバトレね! リアちゃんは私が守るわ! ……冷静に考えると、私よりリアちゃんの方が強いけど……」

 リアの方は、すっかりその気のようだ。ミレイも止める気はないらしい。

 恐らく、デシバトレ滞在を続けることで、魔物を沢山倒せると思っているのだろう。


海辺の都市 ミナトニア


 その日の夕方、俺は早速デシバトレへ戻り、第一回の移築工事を行うことになった。

「おう、来たか。言われた通り、家はバラしておいたが……これで入るか?」

 冒険者の一人(解体班長と呼ばれているようだ)が指したのは、不慣れな移築にも耐えられそうな、頑丈な二階建ての家だ。

 家といっても、ただの民家ではない。

 ほとんどが金属でできており、デシバトレに侵入してきた魔物達を、その剛性をもって(比喩ではなく)跳ね返してきた、要塞民家だ。

 その家が、あらかじめ釘やボルトなどを抜くことによって、いくつかのパーツに分解されていた。

 この状態で放っておくと崩れてしてしまうので、一部を魔道具で支えたり、屈強なデシバトレ人が柱代わりになってはりを持ち上げたりしているようだ。

 ミスリル合金製の屋根を腕力だけで支えるデシバトレ人を見ていると、もう普通に家を持ち上げて運べそうな気がしてくるが……まあ今回、運ぶ役目になっているのは俺だ。

「とりあえず、ブロケンの外壁を作った時の重さまでなら行けるはずだぞ」

 俺のアイテムボックスには二千ほどの枠があるが、一枠に入るのは重さにして二トン代後半くらいまで。

 家一軒を丸々収納することはできないのだ。

「まあ、試してみるか。危ないかもしれないから、ミレイとリアは少し下がっててくれ」

「えー」

 のけ者にされると思ったのだろう。リアは不満げな顔をした。

 だが俺も、そのくらいのことは想定していた。対策はすでに講じてある。

「魔力が届く範囲でなら、魔物を倒していていいぞ」

「わかった!」

 聞くなり、リアは街の外に向かって走り出した。それを追いかけて、ミレイも走り出す。

 ブロケンの完全封鎖に成功したことで、しばらくすればフォトレン─ブロケン間には魔物がいなくなるはずなのだが、今はまだデシバトレ周辺にも、かなりの数の魔物が残っている。

 俺が家を運んでいる間に、リア達にはその処理を担当してもらおうという訳だ。

「まずは、屋根からでいいのか?」

「ああ。……よっと!」

 屋根を支えていたデシバトレ人が、かけ声とともに腕に力を入れ、屋根を少し浮かせる。

 色々とツッコミを入れたくなるのを堪えつつ、俺は浮いた屋根をアイテムボックスに収納した。

「よし! 次はここを……」

 家を支えてくれていたデシバトレ人たちは家の構造を覚えているらしく、家が崩れないよう順番に家のパーツを外してくれる。

 それを片っ端からアイテムボックスへ収納していくと、僅か二十分ほどで家が収納できてしまった。

 使ったアイテムボックスは、百六十枠。パーツ一つ当たり二トンと見積もっても、三百二十トン。凄まじい重さだ。

 見た目は普通の民家なのに、壁の厚さが十センチ近いミスリルだったりするからな……。

「今日は、何軒運ぶことになったんだ?」

 流石にこの重さだと、アイテムボックスの容量が心配になってくる。

「五軒だな。流石に一度じゃ無理だろうから、一軒ごとに往復する形にしようと思うが……」

 五軒か。それなら足りるな。

「今のと同じ量なら、一発で五軒はいけるぞ」

「どんなアイテムボックスだよ……。もしかして、また容量が増えたのか?」

「まあ、増えたことは増えたな」

 デシバトレにいる魔物が強いせいで、それを倒す俺達のレベルも上がりやすくなっているのだ。

 レベルが上がれば、アイテムボックスの容量も増える。伸び幅は大きくないが。

「よし! じゃあ早速、二軒目いくぞ! ……とは言っても、二軒目以降はまだ解体が終わってないんだ。簡単な作業もあるから、どうせなら手伝ってくれ」

 そう言って解体班は、俺を次の家へと案内し始める。

 こうして俺は、屋根の一部を担当することになったのだが……。

 この工事現場には、一つ問題があった。

「カエデ、そこのボルトを頼む」

「分かった。……レンチはどこだ?」

「レンチ? 何だそれは」

 工具が見当たらないのだ。

 そのままアイテムボックスに入れればいいのかとも思ったが、ボルトは建物にしっかりと固定されているせいか、アイテムボックスに収納することもできない。

 他のデシバトレ人達の方を見ても、それらしきことをしている人はいなかった。

 せいぜい巨大な剣を使って、大きすぎる鋼板を叩き切っているくらいだ。話を聞いた限りでは、あとでたんせつして元に戻すらしい。

「ボルトの外し方を知らないのか。こうやると外れるぞ」

 工具を探している俺を見て、解体班長があきれ顔でため息をつく。

 それから、錆びて固まったボルトの頭を、指でつまんで回し始めた。握力が何キロあれば足りるのだろうか。

 ボルトを作った人に聞いたら、まず間違いなく分かってないのは解体班長の方だって言われると思う。

 仕方がないので、俺も指で回すことにした。意外と回る。ちなみに釘も、普通に指で引き抜くようだ。



 そんなこんなで解体が終わり、パーツがアイテムボックスに収納された。

 遠くの方では、小さい魔法が空へと打ち上げられ、不自然な軌道で魔物へと着弾していた。リア達の方も順調のようだ。

「よし! この調子で、一気に終わらせるぞ!」

「おう!」

 さて。次は三軒目だな。



「よし! 収納完了!」

「お疲れ様!」

 日が暮れ始める頃、五軒目の作業が終わった。

「ただいまー!」

 ちょうど同じタイミングで、リア達も戻ってくる。

「おかえり。魔物がいなくなったのか?」

「ええ、全滅よ。戦果は素晴らしいんだけど、リアちゃんの殲滅速度を見てると、自信がなくなってくるわね……」

 ミレイが微妙な表情をしている。フォローを入れておくか。

「気にするなミレイ。それはリアが異常なだけだ」

「それ、カエデが言う?」

「カエデが、いちばんおかしい!」

 あれ。フォローしたつもりなのに、流れ弾が飛んできたぞ。

「ちょっと待て。俺は家を解体していただけだし、リアみたいなホーミング魔法は……」

「いや、カエデはホーミングとかそういう次元じゃないでしょ。半径数キロあった魔物の領域を、丸ごと氷漬けのズナナ草原に変えちゃうんだし……」

「あれは自然現象だぞ」

【静寂の凍土】は、ただの自然現象。俺はそう言い張ることにしている。

 あまり使い勝手のいい魔法ではないし、自分がやりましたと言うと色々問題が出てくるからな。

「で、その言い訳を信じてる人が、一体何人いるのかしら?」

「……十人くらい?」

「きっと信じてる人数は、それより十人くらい少ないわね。……まあ、この件に関してはどっちも規格外ってことでいいとして、組み立ては今日やるの?」

 いや、よくないが。

「今日やる予定だが、カエデ達の作業はパーツを置いて終了だな。組み立てはこっちでやるからな」

 ツッコミを入れようと思ったが、解体班長がミレイの質問に即答したせいで、タイミングを逃してしまった。

 ともかく、俺の仕事はブロケンで荷物を置いたら終わりのようだ。

「じゃあ、ブロケンに行くか」

「おう!」