プロローグ


 ネットゲーマーである、俺──すずみやかえでは、頭痛をこらえながらひたすらキーボードを操作していた。

 画面に表示されていたボスのHPはつい二秒前に消滅。

 そして俺のリアルHPも残りわずかだ。もう四日ほど寝ていない。

「まだ寝ちゃだめだ、ドロップ分配に参加しないと……」

 そう考えるが体は言う事を聞かず、俺はそのままキーボードに突っ伏し、意識を手放した。


 こうなった原因は、三日ほど前の俺が無茶を始めた事だ。

 今年大学で必要な数の単位を取り終わった俺は、開放感と高揚感に任せて、ここぞとばかりにハマっていたMMO‐RPG『メイザード・オンライン』、通称『メイザード』に予定を詰め込みまくったのだ。

 その時の俺の浮かれぶりといったら、三日間の予定に一切の睡眠時間が存在しない事に気付かないほどだった。

 それでも最初の二日はまだよかったのだ。

 だが三日目の夜、つまり最後に寝てから三日半ほど経った頃になると、流石にきつくなってきた。頭が痛いし、疲労もピークである。

 その時にやめておけばよかったのだが、あろう事かその時の俺は『よし、次に武器がドロップしたらやめよう』などと考えてしまったのだ。

 ドロップというやつはリアルラック、つまり運に大きく左右される。

 二時間もあれば出るぐらいのドロップ率であったはずの武器が、ドロップするのに十時間もかかった俺のリアルラックは、きっとマイナスだったのだろう。

 それでようやく眠りにつこうとした俺のもとに、無情にもフレンドチャットによる呼び出しがかかる。なにがフレンドだ。

「開始まで後五分なので固定の参加者は集合してくださーい」

 それを見た俺がデスクトップにある時計に目をやると、表示は午前五時五十五分を示していた。

 固定というのは固定パーティーの略である。その名の通り、決まった時間に、決まったメンバーで、決まったボスを討伐するパーティーの事だ。

 これをすっぽかせば、自分を除く十一人のメンバー全員に迷惑がかかってしまう。

 いくら体調が悪かろうとも、俺に寝るという選択肢は存在しなかった。

 それから何とかいつも通りに役割をこなし、ボスを討伐するまでにかかったのがおよそ二時間。

 普段とほとんど変わらないタイムであるが、この時の俺にはその二時間が永遠のように感じられた。

 そして冒頭の場面のように、俺は意識を失った──


最初の町 エイン


 目を覚ますと、そこは見慣れた自宅の天井ではなく、森の中であった。

 知らない天井どころか、天井すら存在しない。

 慌てて周囲を見回すが、目に入るのは木と雑草ばかり。

 見える範囲の木々は、主に太さ一メートルほどもありそうな広葉樹のようだ。

 ある程度の間隔をあけて生えている木々の間にある地面には、雑草が生い茂っている。

 その下にあるのは黒い、腐葉土らしき土だ。

 もちろん、こんな場所に来た覚えはない。訳がわからない。

 そこでふと違和感を覚え、服装を確認する。

 着替えた覚えがないのに、服装が変化している。

 寝る前は確かにジャージを着ていたはずなのだが、俺が今着ているのは外出時に使う黒い服で、運動靴も履いている。もちろんだが、靴を履いて寝る趣味はない。

 明るさと太陽の傾き具合、それから気温などを考えると、時刻は午後四時頃ではないだろうか。

 ここが日本であれば、そう間違ってはいないはずだ。

 ともかく、まずはここから移動しようと思い、立ち上がって歩きだすが、ここでまた違和感を覚える。

 普通に歩いているつもりなのに、普段よりペースがかなり速く感じるのだ。

 まさか脚力でも上がっているのではないかと思い立ち、馬鹿な妄想が間違っている事を証明すべく、軽く垂直にジャンプしてみる。

 しかし俺の期待は裏切られた。

 そこまで強くジャンプしたつもりはないのに、俺は地面から一メートル半ほども飛び上がったのだ。

 さらに、元々特に丈夫でもなかった俺の足は、身長ほどの高さから落下した俺の体を準備もなしに受け止めた。

「なんだ、夢か」

 ここで俺はこの状況を夢だと断定し、それから自分の頬をつねる。痛かった。

 そういえば『夢の中で頬をつねっても、脳が勝手に痛みを作る事があるため、頬をつねるだけで夢を判別する事はできない』などという話を聞いた事がある。

 これは多分それだなと思い、ならばどうやって夢を終わらせるかを考え始めたが、すぐにどうせ夢なら楽しんでやろうじゃないかと考え直した。

 しかし、楽しもうにもここはただの森だ。

 ただの森では楽しみようがないので、森から抜ける手段が必要だ。

 遭難した際には尾根に沿って移動しろなどと言われていたのを思い出すが、残念ながらここは平地だ。

 年輪の間隔から方角を推測しようにも辺りには切り株などないし、それどころか人の手の入った跡すらない。

 水音も聞こえないし、辺りにどう進めばいいかの手がかりは存在しないように思えた。

 切り株を探していて気が付いたが、ここの植生は日本に近いらしい。

 生えている植物は、名前までは知らないが見覚えのある植物が主だ。

 まあ、自分の知らない物を作り出せるほど、俺の脳は想像力に溢れてはいないのだろう。

 こうなれば考えていても仕方がない。とりあえずカンに従って、一方向にまっすぐ進んでみる事にする。

 森では木をよけたりするうちに方向感覚が狂い、まっすぐ進んでいるつもりで同じところを回ってしまう可能性が高い。

 そのためこの行動は森が現実の物であれば下策なのだが、ここは俺の夢だ。

 自分の見る夢が、変化もなく延々森が続くような物であるとは考えたくない。

 そうでないとすれば、一方向に向かって歩き続ければそのうち何かが見つかるだろう。多分。

 そして期待通り、しばらく進むうちにおかしな物を発見した。

 いや、物と言っていいのかはわからない、パッと見たところ、雰囲気は犬に近い生き物なのだ。

 しかし、よく見てみると犬とは全く違う。

 ここからはかなりの距離があるのであまり細かいところまでは見えないが、それでもはっきりと違いがわかる。

 耳は見た事がないほどに鋭角だし、体毛は緑で、長い牙が上あごの方に突き出ている。

 ただ、俺は別に犬に詳しい訳ではないので、ここまでなら俺の知らない犬の品種だと思ったかもしれない。

 しかし、こいつと犬の間にはそれ以上に決定的な違いがあった。

 脚が六本あるのだ。

 六本脚と言っても昆虫のような物ではなく、後ろ脚が神話にあるスレイプニルのように二股に分かれているのだ。

 その割には歩行に不自然さなどは感じないし、あたかもこれが通常の状態であるかのようにゆっくりと歩いている。

 なので恐らく奇形などでもないだろうし、そうである以上は地球の生物でもないだろう。

 もちろん、メイザードにもこんな生き物は存在していない。

 一番可能性があるとしたらこれがファンタジー風の夢だという事で、二番目に可能性があるのはSF風で、動物型の機械などだろうか。

 とりあえず呼び方がないと不便だし、みどりいぬとでも名付けておこうか。

 決して安全そうな生物とは言えないので、気付かれないように静かにその場を去る。

 匂いなどで見つからないかとも思ったが、幸いここは風下のようで、気付かれずに緑犬が見えなくなるまで離れる事ができた。

 それでも油断せず、まずは周囲を確認し、危険そうな物がない事を確認してからさっきの生物について考える。

 アレは明らかに日本の生物ではない。いや地球の生物ですらないだろう。

 ゲーマーの俺の事だ、現実にいる生き物を適当につなぎ合わせて、ゲームっぽい生物を夢に作り出したのかもしれない。

 そうなると、他の部分もゲーム的になっているのではないだろうか。

 しかし、ここにはグラフィックユーザーインターフェースはもちろん、キーボードもマウスもない。

 どう操作すればいいかはわからないが、俺の夢である以上は俺の発想を大幅に超えるような物ではないだろう。

「メニュー、ステータス、アイテムショッ……おっ!」

 まず手始めに、という事で思いつくシステムコマンドっぽい物を唱えてみたが、アタリだったようだ。

 軽快なサウンドと共に目の前に半透明のウィンドウが表示され、俺は思わず声を上げる。

 その際にびっくりして上を向いてしまったが、ウィンドウは視界についてくるようだ。

「夢にまでゲームを持ち込むようなゲーム脳か、俺は……」

 独り言を言いながらステータスを確認する。

 画面には、俺の年齢、性別、種族、レベル、HP、MP、またINT、STR、AGI、DEXといった、ゲームで見慣れたステータス群が書かれている。

 レベルは一で、他の数値はHPが五〇ほど、MPが一〇〇〇ほど、INTとDEXが四〇ほど、他が二〇程度となっていた。

 MPだけ桁が違う。

 また、スキルもその後に文字列として列挙されている。メイザードとは違い、スキルツリーやアイコンは存在しないようだ。

【情報操作解析】、【異世界言語完全習得】、【魔法の素質】、【武芸の素質】、【異界者】、【全属性親和】。

 これが今俺が持っているスキルの全てである。

 この能力は高いのだろうか。

 平均値はわからないが、MPが他に比べて随分と高い気がする。INTやDEXも比較的高いようだ。

 だが、MPの桁外れ具合に比べると差は大分小さいと言えるだろう。

 これが基本だとしたら、このゲーム世界のステータスはかなりアンバランスにできている。

 MPを眺めつつ、平均的にはどんなバランスなのか知りたいと思った時、視界にステータス画面に比べると大分小さいウィンドウが表示された。


  MP:最大値一〇一二、現在値一〇一二

  説明:魔力量、魔法などを使用する際に消費される。

  この世界の人族の平均魔力量を一〇として定められる相対的な数値。

  現在値が最大値を下回った時点から一分ごとに最大魔力量の一〇〇〇分の一を回復する。

  小数点以下を切り捨てて表示。


 これを見る限り、どうやらMPに関しておかしいのはバランスではなく俺の方らしい。

 HPの方も調べてみたが、こちらは健康状態や丈夫さを数値化した物であり、自然回復量などは決まっていないようだ。

 ゲームシステムとしては、随分と大雑把である。

 他も調べてみようと思い、再度ステータス画面に目を移すが、そこになんだか見逃してはならない物が見えた気がして二度見する。

 ──【異界者】、【異世界言語完全習得】。

 おそるおそる、それを調べてみる。


  【異界者】:ユニーク/ランク10

  説明:違う世界から来た事により、ステータス、スキル習得率、魔素親和性などに幅広く影響が出る。

  元々いた世界の位の高さにより効果が変動する。

  ランクはこの世界を五とした相対的な数値。

  数値が高いほど、大きく能力を向上させる方向に働く。


 魔素親和性がどうとか書いてあるが、魔素とはなんだろう。

 そう考えた時、俺は魔素を見ている訳ではないにもかかわらず、魔素の説明が表示された。


  魔素

  説明:世界に遍在する、魔力との高い親和性を持つ元素。

  人間が保有可能な量は限られており、その許容量と魔力の精製能力により最大魔力量が決定される。


 ……異常な魔力の原因は、魔素親和性で間違いないな。

 見ていないのに説明が表示されたのは、目に映らないというだけで目の前に魔素があったからだろう。

 魔素親和性というのは、その保有可能量が多いという事に違いない。

 精製能力というのはよくわからないが、書き方からすると、魔素と魔力が混じった中から魔力だけを抜き出す力に見える。

【異界者】は魔素親和性以外にもステータスなどに影響をおよぼすらしいので、やたらと高く飛べたり速く歩けたりしたのも【異界者】のせいだろう。

 しかし、最大の問題はそこではない。異世界がどうとか書いてある事だ。

 もちろん、これが夢の中のゲーム設定だとしたら全く問題はない。

 だが、頬をつねった時の痛みやら、この辺りの地形やらに妙な現実味があるのだ。

 まさか、これは夢ではなく異世界……?

 いや、まだそう考えるのは早い。

 第一、俺が異世界に行くような理由はないし、植生もほとんど日本と同じなのだ。

 夢の可能性が一番高いだろう。

 ……だが、あの犬は明らかに日本の生き物ではないし、見た事もない。

 全く知らない物が、夢の中に出てくるだろうか。

 俺は脳科学やら夢やらの専門家ではないので詳しい事はわからないが、知らない物はほとんど出てこない気がする。

 考えていてもらちが明かない。もしこれが夢であればそう長くない時間で目が覚めるだろう。

 一日も覚めなければ、ここは異世界だと判断できる。

 夢であればどんな行動を取ったところで問題はないが、とりあえずはここが異世界であると仮定して行動する事にしようか。

 ……根拠はないが、なぜかここは異世界のような気がするのだ。

 ともかく、調査を継続する。


  【情報操作解析】:ユニーク

  説明:情報を解析し、操作する能力。

  視界に入っている物、生物を【鑑定】する事ができる。

  対象に触れる必要はなく、魔力は消費しない。

  また、本人の了解を得る事により、鑑定された際に表示されるステータス等を隠す事ができる。

  さらに、隠蔽が施された情報も解析が可能。


 さっきから情報が調べられるのは、このスキルのせいだと思われる。

 恐らく、【鑑定】と呼ばれるスキルがあるのだろう。説明の書かれ方からして、【情報操作解析】は、【鑑定】の上位スキルだと考えた。

 情報操作もできるようだし、ユニークなどと書かれているので、珍しいスキルかもしれない。

 その場合、ここが異世界であれば見られると面倒な事になりそうなので、このスキルで自分のステータスを隠す事ができるのならそれはありがたい。

 隠す以外の、たとえば偽装が行えるかどうかはわからない。試せばいいか……。

 さっきは特に【鑑定】だの【情報操作解析】だのと唱えずともスキルが使用可能だった事から、恐らく詠唱などはいらないんじゃないかと推測し、【異界者】を隠蔽したいと念じる。

 その瞬間、【異界者】の表示が【異界者(隠蔽)】に変わった。

 どうやら、ステータスは再度唱えて開き直したりする必要はなく、変化に応じてリアルタイムで更新されるらしい。

 これで見えなくなったのかを確かめようと思い【異界者】を【鑑定】すると、説明に『【鑑定】では表示されない。』という一文が追加されていた。

 これで大丈夫なようだ。

【鑑定】以外に人の能力を知る方法が普及していないという保証などないが、なにもしないよりはマシだろう。

 自分が異世界人だと主張している【異界者】【異世界言語完全習得】や、明らかにチート臭い【全属性親和】【情報操作解析】と違い、【~の素質】などは特に珍しいスキルでない可能性もあるが、まだ判断ができないので念のため全てのスキルに隠蔽を施しておく。

 ステータスも隠蔽できるようだが、隠蔽したところで隠蔽している事自体がバレてしまう。

 MPのように平均値がどうとかはなかったのでこの値が標準的かどうかはわからないが、隠す意味はあまりないと思える。

 さっきからMPの表示は全く減っていないので、恐らく隠蔽も魔力を消費しない。

 ちなみに、試してみたところかいざんは不可能のようだ。

 他のスキルも【鑑定】しようと考えた時、後ろから音がした。十メートルほど離れた場所から緑犬がこちらを見ている。

「グルルルル……」

 別に仲間になりたそうに見ている訳ではなく、むしろこちらを威嚇している。

 どうやら、見逃してくれそうにはない。

「うーん……」

 調査を中断し、どうするか考える。

 緑犬はそこまで大きくもないし、さっき歩いていた時の動きからすると戦えなくはなさそうだ。

 だが、それは武器があればの話。今の俺の手元には、銃や剣はおろか『ひのきのぼう』すらない。

 仕方がない、ひのきは高級木材なのだ。

 よってここは逃げの一手だろう。

 緑犬とは逆の方向にダッシュを開始するが、下草や木の根が邪魔で思うほど速くは走れない。

 それでもこの世界に来る前の俺の全力疾走よりはずっと速いと思うが、緑犬がついてくる気配は消えない。

 二百メートルほど走ったあたりで後ろを確認する。

 ──緑犬との距離は広がるどころか、むしろ詰められていた。

 走りだした時の半分ほどまでに縮まっている。

 このままでは追いつかれる。何かできないだろうか。

 辺りを見回すと、前方の大木の高さ三メートルほどの位置から木の枝が生えている事に気付いた。

 ある程度の太さがあるので恐らく折れる事はないだろうし、脚が六本あろうが犬は木登りをしないだろう。

 現状最も安全な場所だと判断し、そちらを目指す。

 振り向いたうえ、方向転換までしたのでかなり速度が落ちてしまった。

 すでに枝は間近だが、緑犬との距離はさらに縮まり、吐息まで聞こえるくらいだ。

 焦る気持ちを抑えてジャンプで届きそうな距離まで近付く。そして全力でジャンプして腕を枝に伸ばす。

 緑犬の方も俺に追いすがろうとする気配を感じるが、届かなかったようだ。

 握力に頼ったかなり無理な姿勢だが、俺は何とか手が枝に届き、つかまる事に成功した。

 助かった。判断は間違っていなかったようだ。

 もし握力が脚力と共に上がっていなかったら、そのまま滑り落ちていただろう。成功したのはただのラッキーかもしれないが。

 そのまま腕の力を利用し、枝の上によじ登る。

 予想通り緑犬は木に登れないようだが、枝の下からまだ威嚇を続けている。

 このまま待っていれば、すぐ諦めてどこかに去ってくれるだろうか……。

 そう考えていた時期が私にもありました。

 十分ほど待ってみるが、緑犬は去る気配を全く見せない。威嚇はやめたようだが、一向に去らずにこちらを見ている。

 このまま待っていると夜が来てしまう。こんな得体の知れない生物がいるような森で夜を明かすのは遠慮したい。

 ここから逃げたところで人に会えるとは限らないが、このまま待っていても事態は好転しない。

 幸いMPの説明文に人族の平均値とあったから、少なくともここは人のいる世界ではあるのだ。

 自分の運を信じて、動くのが一番ましな選択だろう。

 脱出の手段を探すうち、俺はさっきコマンドを唱える事でステータスが表示されたのを思い出す。

「装備! ……アイテム!」

 他のコマンドを試してみると、装備には反応がないものの、アイテムと唱えた瞬間、体から何かがごっそりと抜けるような感覚があった。

 そのまま半秒ほど待つと、灰色のウィンドウに白い枠が書かれた物が表示される。

 見慣れたメイザードの物とは違うが、ゲームのアイテムボックスと似た雰囲気がある。

 右上にある『〇/一〇一二』という表示は、容量だろうか。

 試しに木から葉っぱを二枚ほどむしって枠の中に入れようとしてみるが、枠に手を動かすまでもなく、アイテムボックスに入れようと考えた途端に葉っぱは消えてしまった。

 アイテムボックスの中には葉っぱの写真のような物が表示されていて、その右下には二という数字が書かれている。

 アイテムウィンドウの葉っぱに意識を向けると、追加でポップアップウィンドウらしき物が表示される。


  ポレの葉

  説明:ポレの木の葉。


 やはり、アイテムボックスとして機能しているようだ。

 試しに取り出そうと思うと手に葉っぱが一枚現れ、写真の右下の数字が一になった。

 恐らく右下の数字は保存している数で、同種の物は一枠にまとめて保存できるのだろう。

 アイテムボックスの右上には『一/一〇一二』と表示されている。

 葉っぱをアイテムボックスに戻してもそのままだ、一〇一二は枠の数、一はそのうち使用中の数だろう。

 偶然かもしれないが、一〇一二というのはMPの最大値と同じだ。アイテムボックスの枠数はMPの最大値に依存するのかもしれない。

 他に重量などの制限や、一枠にまとめられる最大数があるかもしれないが。

 今度は片方の葉っぱを半分にちぎり、両方収納してみると、写真右下の表示は三になった。ちぎられた破片でも一つとしてカウントされるようだ。

 ちぎられた方の葉っぱを取り出したいと念じたところ、その通りになった。

 もしそうでなかったとすれば、複数に多様な物が入っている場合、狙った道具が出るまでいくつも取り出さなければならなくなる。

 この世界のインターフェースは中々親切にできているようだ。

 しかし、初期装備までは用意してくれないらしい。

 もしかしたら今の服装が初期装備なのかもしれないが、ジャージに裸足よりマシとはいえ、間違っても戦闘用ではない。

 ここでふと思いつき、ポレの葉を手に取り出して鑑定してみる。

 すると、アイテムボックスでは『ポレの木の葉』とだけ書かれていた部分に、『油分を含むため乾くとよく燃える』という説明が追加された。

 松などは油分が多いためよく燃えるらしいが、それと似たようなものだろう。こういう無駄な知識は、ネトゲに関して調べ物をしていたはずが、いつの間にかネットサーフィンをしていた、という事が珍しくないせいで勝手に身についたものだ。

 どうやらアイテムボックスで表示される物より、【情報操作解析】の方がわかる事が多いようだ。

 しかしどちらにしろ、今の状況では役に立ちそうにない。

 攻略の糸口がつかめるかもしれないと、緑犬を同様に【鑑定】してみる。

 すると、俺を【鑑定】した場合とほぼ同様のフォーマットで、緑犬の情報が表示された。

 違う点と言えば、レベルや種族、年齢がない事と、そのかわりにランクがある事だろうか。

 名前はグリーンウルフと言うらしい、犬ではなかったようだ。

 ランクはFとなっており、ステータスはINT、DEXはほぼゼロだが、STRやAGIは三〇近い。

 HPは三五とあるが、スキルすら持っていない脳筋のようだ。

 ランクとやらの基準はわからないが、Fというアルファベットからはそこまで強そうな印象は受けない。だがSTRやAGIは俺より高く、その上俺はレベル一であるから、有利な相手だとは言えないだろう。

 せめて武器があればいいのだが……。

 ──そういえば、スキルに【魔法の素質】や、【全属性親和】なるものがあったな。

 杖などの武器を持っていないと魔法を使えないという事でなければ、魔法を習得できる可能性があるのではないだろうか。

 手がかりをつかむべく再度ステータスを見ると、MPが約半分まで減っていた。アイテムボックスを発動した時にあった、何かが体から抜けるような感覚は、魔力の消費による物だったのかもしれない。

 初回発動時のみ消費などならいいが、アイテムボックスを開くたびに半分減るなどという場合、もう一度開けばMPが枯渇してしまう。

 状況がわからない以上それは避けるべきだろう。アイテムボックスは一時的に封印だ。

 続けて【鑑定】していなかったスキルを調べてみたところ、【魔法の素質】、【武芸の素質】はそれぞれ魔法、武芸の習得を格段に早めてくれ、さらにそれらの能力まで上がる効果があるという事がわかった。

 その他にも何か効果があるような書かれ方だったが、詳細はわからなかった。【情報操作解析】も万能とはいかないようだ。

【全属性親和】は全属性の魔法が使用可能になるスキルであり、【異世界言語完全習得】は見たままの効果だ。

 表示は、たとえばこんな感じだ。


  【魔法の素質(隠蔽)】:ユニーク

  説明:魔法の習得が格段に早くなる。

  また、魔法を使用する能力が向上するなどの追加効果がある。

  【鑑定】では表示されない。


 最後の行は全てのスキルについている、隠蔽の効果だ。

 説明不足というか、もうちょっと詳しく書いてくれてもいいんじゃないかとは思うが、これは効果範囲が広いと言う事かもしれない。

 日本にあったカードゲームでも『テキストが短いカードは強い』などと言われていた。

 これもきっとそのたぐいだ。……そうだったらいいな。

 しかし、魔法の習得が格段に早くなるとは言え、今は何も習得していないし、練習の仕方も知らない。

 ゲームにおいてスキルは、敵を倒した事で得られるレベルアップか、イベントやスキル振りなどのシステムを用いる事で、初めて使用可能になる物が多い。

 システムに関してはダメ元で色々唱えてみたが、残念ながらこの世界にはないようだ。

 と、ここで『何らかの方法で魔法を使う事により、その魔法が習得できる』というシステムのゲームを思い出した。

 そのシステムの場合、魔法を習得するには魔法のアイテムなどが使用されるが、この世界では何もないところから呪文などで発動できる可能性がないとは言えない。

 どうせダメで元々、とりあえず攻撃力の高そうな炎関係の魔法でも試す事にする。

 俺はステータスウィンドウを閉じ、緑犬の方を見ながら、思いついた呪文を適当に唱えてみた。

「ファイア、フレイム、ファイアアロー、○ラ、メ○ゾーマ、ハ○ト」

 が、魔法は発動せず、周りに変化も起きない。

 もし周りに人がいたら、俺の事を可哀想な中二病患者を見る目で見て、それからそっと目をそらす事だろう。

「ダメか……」

 多くのゲーム同様、習得していない魔法は使えないようだ。

 こう、火の玉が緑犬に向かって飛んでいって、敵を火だるまにするような物を少し期待していたのだが。

 残念に思いながら緑犬の方を見た時、想像したよりは小さい火の玉が俺の目の前に現れる。

「うわっ!」

 急に目の前に火の玉が現れたせいで、驚いて木から落ちそうになってしまった。

 それと同時に、火の玉も消えてしまう。呪文ではなく、イメージの問題なのか。

 本物のネトゲでもインターフェースがここまで進化したら、それはそれで面白いかもしれないが、マウスやキーボードを使わないシステムというのは物足りなさを感じてしまうな。

 そんな事を考えながら体勢を整える。

 この状況になってから相当時間が経っているのに緑犬は目立った動きも見せないので、精神的にも大分余裕が出てきた。

 さらに再度自分のステータスを【鑑定】したところ、【火魔法1】が追加されている事がわかったのだ。

「グルルルルル……」

 今ので緑犬に警戒されてしまったようだ。逃げてくれればそれはそれで楽なのだが、そんな気配はない。

 だが、今の状況は向こうからの攻撃が不可能で、こちらからの攻撃は可能というもの。

 まともな運営のネトゲであればこんな真似ができる場所はすぐに修正される、絶好の状況だ。

 さあ、レベリングの糧となってもらおうか。

 今度は驚かないように気を引き締め、火の玉ができて緑犬の方に飛んでいくのを想像する。

 すると狙い通り、直径三十センチほどの赤い火の玉が目の前に現れ、中々の速度で飛んでいく。目測で、時速四十キロといったところだろうか。



 緑犬は回避しようとするが、胴体への直撃は避けたものの、左足の先に火の玉が当たったようだ。そこから炎が体表を伝い、緑犬が火だるまになった。

 ……これではグリーンウルフではなくレッドウルフだな。

 しょうもない事を考えているうちに、もがいていた緑犬は動かなくなる。

 一撃で倒せるかどうかを見るためもあって追撃しなかったが、問題なかったようだ。