カード一枚目
「懐かしき友」


「あー、きんすけさん。イレヴさんが、隠れてお酒を飲もうとしているー!」

 乗り合いの自走車輪に、アイリーンの大声が響いた。

 ──ビックーン!

 ポカポカと暖かい陽気の中、首をすくめたのはもちろんイレヴ。

 金之介が居眠りをはじめた隙を見計らって、そっと【道具】から、酒瓶を取り出したのだ。

 突然の大声で目を覚ました金之介と、ギョッとした表情で見つめる他の乗客たち。

 アイリーンは、揺れる車内でスクっと立ち、イレヴを指さした。

「それはお屋敷に着くまで駄目って言ったでしょ。しまいなさい!」

「アウアウ」

「イレヴ……駄目だぞ。またコッソリ飲もうとしたんだな。それにおまえ、いつ酒樽から瓶に移し替えたんだよ。まったく油断も隙もない」

 金之介はイレヴから酒瓶を取り上げた。

「あっ、ああ……」

 半泣きで手を伸ばすが、金之介はすぐさま自分の【道具】にしまい込む。

「今からヴェロスラフの屋敷に行くんじゃんか。そこで飲めばいいだろ」

 いや違うんだ。ただの味見なんだとイレヴは猛抗議するが、金之介は聞く耳を持たない。アイリーンもそれに同調する。

「イレヴさん。おみやげに持っていって、みんなで楽しく飲んだらいいでしょ。ひとりで飲むのはもったいないわよ。せっかくいいお酒なんだし」

 この酒は、人族の王リュドミラがわざわざイレヴのために用意したものだった。

 緋の迷宮都市クリムゾン・ラビリンスで、ヴィオレータとアイリーンがイレヴにした約束。

 イレヴには人族での地位や名誉は意味がない。大量のアルはすでに持っている。

 協力の報酬として何が欲しいかと問われ、「酒!」と即答した。

 それを伝え聞いたリュドミラは、人族領でも稀少な『うんかいさん』と『じょう』を用意した。

 さらにリュドミラが愛してやまない、幻の酒である『黒竜王』と、たまたま献上された『五竜殺し』を気前よくイレヴに進呈したのであった。

 この大盤振る舞いにイレヴは狂喜乱舞し、すぐさま自室に篭もろうとしたため、金之介が「一晩で飲み干すつもりか」と樽ごと奪っている。

 特別な日に特別な友と飲めば、その味は特別なものとなる。そう説得する金之介に、イレヴは泣く泣く諦めたが、人族領を出立するときに、返してもらっている。

 ドワーフ族王コーエンに向けて、人族王リュドミラが手紙をしたためた。

 それを今から届けに行くのだが、途中でワグーニが治める領地を通過せねばならず、どうせならば領主代行をしているヴェロスラフに会いに行こうという話になっている。

 遅くとも数日後には酒が飲めるのだが、どうやらイレヴは我慢できなかったらしい。

「つぅわけで、また没収な。……ほれ、全部出せ」

「いや、大丈夫」

「出せ」

「……大丈夫」

「………………」

「………………」

 金之介に睨まれて、イレヴは残りの酒を【道具】から取り出した。

「……ったく、おまえは酒のことになると、油断も隙もないな」

「……アウ」

 自走車輪の後方で両膝を抱えて座り、涙を流しながら辿ってきた道を眺めるイレヴであった。


「しかし、のどかだねえ。ドワーフ族領って、こんなに牧歌的だったっけか」

 元の世界で金之介は、家族を救うため自ら海に飛び込んだ。借金で首が回らなくなった父親と、進学を控えた妹は、それによって救われたとカードの神様は言っていた。

 自分の生はそこで途切れるはずであったし、その覚悟もできていた。

 あにはからんや、金之介はこの世界に流れ着いてしまった。

 口うるさいドワーフを助け、さらに途方にくれていた姉妹を拾った。

 異世界に来て二日目のことである。

 よく分からないままアイリーンを背負い、ドワーフ族領までカーディの出るフィールドを歩いたのだ。

 そしてドワーフ族の王を巡る政争に巻き込まれたわけだが、考えてみれば、ドワーフ族領をゆっくり旅した経験がない。

「あれ? なんか俺って、生き急いでいる?」

 怪物を倒すとカードになるこの世界。ここで思う存分カード蒐集を楽しむぞと意気込んだものの、振り返れば、何かに追い立てられるような旅ばかりしている。

「なあに金之介さん。急に変なこと言い出して」

「いやさ……なんていうか。俺の第二の人生って、波乱万丈過ぎない? ドワーフ族の王とか、人族の王とか……なんで俺がかかわっているの?」

「なにが第二の人生だか知らないけど、自分から首を突っ込んだからに決まっているでしょ。自覚ないの? 自分の胸に手を当てて、よく考えてみたら?」

 自覚がないのかと問われても、そんなに自分から首を突っ込んだだろうかと、金之介は考える。

 ドワーフ族王を巡る争いのときはヴェロスラフに頼まれたからであって、人族王を巡る争いのときも、ヴィオレータにお願いされたからなので、金之介は……。

「……だめだ。思い当たらない」

「「……はぁー」」

 アイリーンとイレヴは大きく息を吐いた。

「イレヴ、てめぇ、おまえまで同調するんじゃねーよ」

「金之介、自覚ない」

「そんなことないぜ。だって、本当に俺の胸は、心当たりがないって言ってるし」

 金之介は、両手を胸に当てて、潔白をアピールした。

「普通はいくら頼まれたからって、もっと手前で手を引いているわよ。ウルスタン公のお城まででも、わたしたちは充分助かったわ。それがなに? 水上都市まで付き合って迷宮を攻略しちゃったじゃない。あそこでウォーターバード家の協力を取り付けられたのはすごく助かったけど、普通の人は着の身着のままで、迷宮の最深部まで行かないのよ。分かっているの? それに、王都で黒犬公まで倒しちゃって。正直わたしも、金之介さんと一緒なら王都に駆け上がることもできるかもとは思ったわよ! でも、黒犬公を倒して、最凶難易度だったあの試練までクリアして……それでも心当たりがないの?」

「えーっと、長い? 途中から聞いて……」

「金之介さん。ま・さ・か、聞いてなかったなんて、言わないわよね」

 ニコーっと笑うアイリーンに、金之介は得も言われぬプレッシャーを感じた。

「もちろん聞いているさ。イレヴとベルフェルト家の一騎打ち? あれはカッコ良かったなぁ」

「聞いてないじゃない! その話はしていないわよ! それに、金之介さんは見ていないでしょ」

「そうだっけ?」

 リュドミラたちを逃がすため、イレヴは村にひとり残って、ベルフェルト家の刺客と戦った。

 そのとき金之介は、街道で敵を傍若無人に蹴散らしつつ、北上している頃だった。見ている訳がない。

「まあ、済んだ事だし」

「自分で言って……やっぱり金之介さん、いい性格しているわね」

「金之介は、いつものこと」

「はぁー、そうね」

 死地をともに乗り越えたからこそ分かる呼吸で、アイリーンとイレヴは頷き合うのであった。

「おっ、町に着いたみたいだぜ。こっからは、ヴェロスラフの館まで歩きだったよな、イレヴ」

「(コクリ)」

「ワグーニの親父さんの館には行ったことあったけど、本屋敷ははじめてだな。楽しみだぜ」

 金之介は先頭に立って、歩き出した。


 

「……む? この感じ、侵入者か?」

 ヴェロスラフ・リモンは、書類から目を上げ、耳をそばだてた。

 階下でかすかにベルが鳴っている。

 机上にある書類をすばやくまとめ、引き出しの中へ入れると、ヴェロスラフは執務室を出た。

 廊下を歩いていると、見知った顔が近づいてきた。ヴェロスラフの兄、ゴラソフェルト・リモンである。

「珍しいな。侵入者だぞ」

「やはりそうか。あにじゃに心当たりは?」

「この前捕まえた人族がいただろ。あれのお礼参りじゃないのか?」

「ふむ……あり得るな。よし、迎撃しよう」

おとじゃよ、お主は裏口へ回れ。正面はわしとレッチェで引き受ける」

「心得た! わしの方はグラーツを連れて行く。……ふっふっふ、賊どもめ。我がリモン家の屋敷は甘くないことを、見せてやろうぞ」

「うむ。手加減は無用だぞ、弟者」

「もちろんだとも、兄者」

 ヴェロスラフとゴラソフェルトは、鎧を装備し、得意の槍を手にとった。

 互いに目を見交わし合い、ひとつ頷くと、それぞれの持ち場へ向かった。


 

「……ねえ、本当にいいの? 壊しちゃったのよ、アレ」

「しょうがないだろ。呼び鈴はなかったし、試しに開いたら、取れたんだし」

「試しに……ねえ」

 アイリーンは扉の残骸を飛び越えた。

 館に到着した三人は、固く閉ざされた門扉の前で立ち往生してしまった。

 何度かこの館を訪れたことのあるイレヴも、最近はずっとご無沙汰だった。

 そのため門扉を開くためには、自己セルフカードをかざさなければならないことを知らなかった。

 町の住人や、他の領主、それに仕える者たちならば知っていたが、金之介たちが知るはずもない。

 それでも、使用人が近くにいれば事は足りたが、たまたま全員が館内にいた。

 金之介が試しに鉄でできた門扉をこじ開けたら、軋んだ音を立てて外れてしまったのだ。

「庭が広いな。さすがは領主って感じだな」

「そうね。わたしの実家は城になっているから、もっと広いけどね」

「そっか、そういえばアイリーンも貴族のお嬢様だっけか」

「むっ。そういえばって、何よ」

「いや、普段は全然そんな風に見えないからさ」

「なんですって? 金之介さん、それはどういうことかしら」

「ホラッ、俺の知っているお嬢様って、大人しくって、気品があって、『わたくしは……ですわ』なんて話す感じだし」

「ちょっと、コラッ、金之介ェ! それって、お姉ちゃんのことじゃないの。また変なこと考えているんじゃないでしょうね!」

「何だよ。別に考えるくらいいいじゃんか。少なくとも、すぐに口調が荒れるのは、お嬢様とは言えないぞ」

「うるさーい!」

 アイリーンが金之介の足を蹴る。別の足で蹴る。さらに蹴る。



 だが、金之介はまったくつうようを感じない。

「はぁ、はぁ……もう、相変わらず頑丈なんだから」

 足の甲を押さえて、アイリーンが金之介を睨む。

「大丈夫か? どこか痛めたりしたのか? ……ん?」

 そこまで言って、金之介は左を向く。何かが飛んできたのだ。

「なんだこれ?」

 唸りをあげて飛来したのは、真っ黒な鉄球である。それも複数。

 拳大の鉄球が次々と金之介たちを襲う。

「だれかが大○ーグボールを打ち返す特訓でもしているのか?」

 アイリーン目掛けてやってくる鉄球を片っ端から打ち落とす。

「……ほう、俺の妹に危害を加えるつもりだと?」

 一瞬で目が据わった金之介に、イレヴが慌てて「ここ、館、ヴェロスラフ」と言うが、もちろん聞いていない。

 鉄球の第二弾が飛来した。今度はそれを愛用の潰し屋スマッシャーで打ち返す。

 ──カキーン、カキーン!

 潰し屋スマッシャーは人の背丈ほどもある巨大なこん棒である。それを片手で軽々と扱う金之介のりょりょくは、人族のそれを軽く超えている。

 打ち返した鉄球がどうなったかと言うと……。

 木々をへし折り、減速することなく進み、遠くに見える館に直撃した。

 ──ドゴォォォ! ドーン!

 次々と鉄球が飛来し、それを金之介がことごとく打ち返す。

 ──ドゴーン! バカーン! ドッカーン!

 十数発の鉄球が館に命中し、多数の穴を開けた二階部分が崩落した。

「ああっ……ああああ」

 イレヴが見ている先で、館の外壁が音を立てて崩れ落ちた。

 イレヴは理解した。

 先ほどの鉄球は、おそらく防衛装置が作動したのであると。

 王宮のように人の出入りが多い場所は騎士や兵士が守る。だが、いち地方の領主は、兵を常備させておくわけではない。最低限の人員と、いまのような防衛装置で守るのだ。

 イレヴは振り返った。

 曲がりくねった道で見えなくなったが、木々の先には、金之介が破壊した門扉があるはず。

 入り口を破壊し、勝手に侵入して館を半壊させる。

 これではただの狼藉者、紛れも無く犯罪行為である。

「金之介」

 イレヴが見ると、金之介がいい笑顔で額の汗を拭っていた。

「悪は滅びたな」

 そのつぶやきを聞いて、イレヴはもう、何も言わなかった。

「悪漢め、覚悟!」

 突然横合いから突き出された槍の穂先を金之介は指でつまむ。

「反射的に掴んだけど、なんだ?」

「ぐっ! ひ、引けない。い、いや、ビクともしない。な、なんだこの力は」

 驚愕に顔を歪ませたドワーフが金之介の前に躍り出た。

「おーっ、髭もじゃってことは、ドワーフだよな。……ん? 誰かに似ているな。誰だっけ?」

 金之介が首をひねっていると、横合いからもう一人が飛び出した。

 長柄の戦斧バトルアックスを振りかざす。

「ほいっ。何の遊びだ?」

 金之介は片手で斧の刃を受け止める。

「……ッ!?

 ──パキン。

 いまの挙動で槍の穂先が折れた。

「あっ、ちょっと力が入っちゃったか?」

「なんだとぉー!? 我がリモン家に伝わる『青きふうそう』がっ!!

 金之介の手のひらには、折れた穂先が残っている。そして、槍を構えたドワーフは、ワナワナと膝からくずおれた。

「だ、旦那様!」

「レッチェよ。わしはもう駄目だ。かくなるうえは、お主だけでも逃げよ」

「私には旦那様を置いて逃げることなどできません」

「駄目だ、逃げよ。こやつの強さは、風に聞く魔人に違いない。お主は生きて、このことをみなに伝えよ」

「だ、旦那様ぁー」

 くずおれたドワーフにしがみつくドワーフ。

 そこへ、運悪く飛んできた鉄球が、くずおれたドワーフの鉄兜ヘルムかすめる。

「ああ、だ、旦那様?」

「……きゅ~」

 仰向けにひっくり返ったドワーフの目は、バッテンになっていた。

「……なにこの寸劇」

 槍の穂先と戦斧バトルアックスを持ったまま、金之介は途方に暮れた。

「兄者よ、賊は討ち取ったか?」

 奥から鎧をガチャガチャいわせたドワーフが駆けて来た。

「ん? 金之介ではないか。どういうことだ。お主が侵入者なのか?」

 白銀の鎧に身を包み、槍を持ったヴェロスラフだ。トリートメントをかけたかのような栗色の美髭も健在である。

「よぉ、ヴェロスラフ、久しぶり。通りかかったんで、ちょっと寄ってみたんだけど」

「……ちょっと?」

 視線を下に落とすと、伸びているゴラソフェルトの脇には折れたほうそうが落ちている。

 そして振り返った先には、土煙を上げる館がある。

「イレヴよ、これはお主た……」

「俺、悪くない」

「………………」

 ヴェロスラフは、長いため息を吐いて、「とりあえず、館で話そう」と言った。

 気絶したゴラソフェルトをレッチェが担ぎ上げる。

「カードで施錠した鉄門が破壊されたので、てっきり侵入者がやってきたのかと思ったぞ」

「カードで施錠? そっか、宿屋の鍵と同じか」

 緋の迷宮都市では、迷宮管理部の上階を宿屋として貸し出している。

 各部屋は自己セルフカードでしか開けることができず、無理やり入ろうと扉を壊せば、下から警備員が上がってくる仕組みになっていた。

 金之介はここでようやく気が付いた。

「とりあえず、中の様子だが……無事な部屋もあるだろ」

 その言葉の直後、大きな音を立てて、館の一部が崩壊した。

「あるといいんだがな」

 ヴェロスラフは、もう一度長い、長いため息を吐いた。