カード一枚目
「試練」
ドワーフ族領で行われた選定侯会戦の結果を受けて、新しいドワーフ王が立った。
御代金之介とイレヴは新王のお披露目を見届けてから、迷宮都市へ向かって旅立った。
そして二人はいま、途中のイーマジの町にいる。
「この町で俺たちは出会ったんだっけな」
エンテ家の姉妹と別れた翌朝、ヴェロスラフからイレヴを紹介された。あの時のイレヴはそれまで町で見かけた他のドワーフとは違い、まるで小山のように見えた。
まだ懐かしがるほど日にちは経っていないが、金之介にとってこの町は、出会いと別れのあった思い出深い場所である。
「そういえば、貰ったペンダント……」
ヴィオレータから別れ際に貰ったペンダントを金之介はずっと首に巻いていた。選定侯会戦の武具禁止の戦いでも、ただのペンダントは外される事はなかった。
ビルゲンの毒爪をあのペンダントが身代わりとなって受けてくれたおかげで、金之介はいまこうして生きていられる。
「確か、石の代わりに使われたのは五竜山に棲む竜型魔獣の鱗だっけ……」
ヴィオレータが大切にしていたあのペンダントはもうない。
「今度会ったら謝らなければならないな……そして、身代わりとなって、俺を護ってくれた事を話そう」
今から向かう迷宮都市で、金之介はヴィオレータとアイリーンの姉妹にまた会えるのではないかと思っている。別れたあと、二人はそこへ向かったのだから。
迷宮都市がどの程度の広さがあるのか分からないが、まだそこに滞在しているのならば、きっと出会える。そう金之介は思っている。
「さて、イレヴ。おまえの職場へ行くか」
「(コクリ)」
二人は乗り合いの自走車輪に乗り込んだ。ここから二時間ほどで着くというので、かなり近い。
緋の迷宮都市と呼ばれるそこは、カードの神様が造った多重構造の地下ダンジョンがある都市のひとつで、多くの迷宮探索者が日々迷宮を攻略している。
「……着いたのか」
「(コクリ)」
自走車輪は迷宮都市の門で止められる事もなく、中へ入っていった。
建物の多くは石造りであり、そこは他の町と変わらない。だが、町の中心部にある建物が高く上に伸びている事で、町全体が小さくまとまっている印象を金之介は受けた。
「確かここは迷宮の上に町が出来ているんだよな」
この世界に存在する迷宮は全て、カードの神様が造ったものである。造られた順番は適当かつ行き当たりばったりだったようで、数年から十数年に一度、カードの神様は人々の願いを聞き入れて迷宮の数を増やしていった。
その中でもここの迷宮は、比較的新しく出来た部類である。といっても、迷宮が出来てから五百年以上は経っているのだが。
もともとカーディの棲息していたエリアの一部を迷宮都市として確保し、その地下に迷宮を造ったため、他の町に比べて都市部分の敷地が極端に狭い。そのため、建物も上へ上へと伸び、比較的多くの建物が五階建て以上になっている。
発着場に着いたので、金之介とイレヴは自走車輪を降りる。
「なんか、町全体がひとつの建物みたいだな」
「……おっ、面白い事いうね」
そう金之介が感想を漏らすと、思っていなかった方向から声が掛けられた。
振り返ると、ニヤニヤしている獅子の顔がそこにあった。
「うわっ。ライオンが何でこんなところに!?」
「なんだ、失礼だなぁ。俺っちの顔に何かついているかい?」
顔はライオンだが、首から下は普通の服装である。よく見れば獣人族だとすぐに分かるが、人族やドワーフ族と比べると顔は獣そのものだ。
金之介はまだ獣人族に誰一人として知り合いがいないため驚いたのだ。とはいえ、すでに黒熊の獣人や、虎の獣人ビルゲンと戦った事もあるのだから、日常の中で出会ったとはいえ、野生の獣と間違えた金之介の注意力が足りない。
「すまない、悪気はなかったんだ」
「まあいいけどよ。ところでおまえさん、イレヴと一緒にいるって事は、雇ったのかな?」
「いや? ……パーティを組んだんだ」
「ん? …………ごめん、もう一回言ってくれるかな?」
「俺はイレヴとパーティを組んだんで……」
顔面ライオンの男は「本当なの?」とイレヴの方を向く。イレヴも「うむ」と重々しく頷いた。
「……へ、へえー、パーティをねえ」
瞬間、男の雰囲気がガラリと変わり、金之介が「あれ?」と思う間に、男の抜き手が金之介の腹部にめり込む……事はなかった。
「えっと……何をしているんだ?」
「………………あれ?」
男が不思議がってると、黒豹に似た女の獣人が音もなくやってきて、肩をポンッと叩いた。
「アンタの爪は届いてないわよ。腹筋で止められちゃ、神速豪拳のララルも形無しね」
「……俺っちよぉ、ちゃんと決まったって思ったんだぜ」
「爪の先すら食い込んでないわ。アンタじゃ、かすり傷ひとつ付けられないみたいね」
「……やっぱり? イレヴとパーティ組んだっていうからさぁ、確かめてみたんだけど」
「えーっと、何?」
金之介だけ意味が分かっていない。その頃イレヴは、行き交う他のドワーフや獣人たちから、次々と声を掛けられ、身振り手振りで返答していた。
状況においてけぼりを喰らった金之介が、ララルの方を向いて「どういう事?」と聞くと、ララルは「はぁー」と大きなため息をつき、黒豹族の女は「あはははは」と高笑いをあげた。
「通りの真ん中で話すには、イレヴってば有名人過ぎるのよね。お近づきの印にどこかで飲も……いや、お茶でもしましょうか。わたし、強い男は好きよ」
「酒……?」と目を輝かせたイレヴが、お茶と言い直されてしょげた顔をした。
「イレヴは酒にしたいようなんですけど?」
「だからお茶にしたんじゃない。……さあ、行きましょ」
黒豹族の女が金之介の腕をとって歩き出し、イレヴとララルもその後に続いた。
「どこがいいかしらね。……この時間なら、『甘味茶屋』がいいわね」
黒豹族の女が言った途端、イレヴがガーンとした顔をして、膝から崩れ落ちた。
「…………ん? どうしたイレヴ?」
「だはは。あそこは日中だと酒が注文できないからな」
「なるほど、そういう事か……でも、少しは自重しろよ。着いたばかりだぜ」
「『樽抱え』のイレヴに自重しろって……そりゃ無理よ」
「だな……おっ、ここだここ。入ろうぜ」
手をばたつかせて反対方向に逃げようとするイレヴを引きずって、四人は喫茶店『甘味茶屋』に入った。
獣人族の二人は、香りの少ない茶『バエン茶』を注文し、金之介は店員お薦めの『緑嶺茶』に決めた。ドワーフ族領の高所でしか採れない貴重な茶葉らしい。そしてイレヴは……お冷や、つまり水を注文した。
「ちょっ……イレヴ、少しは空気読めよ。何で水なんだよ。嫌がらせか?」
イレヴは運ばれてきた水を自前のジョッキに注いで、ちびりちびりとやりはじめた。
「…………相変わらずね」
「まあ、イレヴはしょうがねえか……で、改めて自己紹介しようぜ。俺っちは獅子族のララルってんだ。んで、こっちがアネーファ」
「よろしくね。黒豹族のアネーファよ」
「御代金之介です。カーディハンターをやってます」
「……………………(コホン)」
「カーディハンターか。とすると、迷宮は初めてか?」
「ええ。そうですね」
「ねえ、それなのにイレヴとパーティを組むの?」
「えっ? そうですけど」
「アネーファ、やっぱコイツ、一発殴ろうぜ」
「無駄な事止めときなさい。アンタよりよっぽど強いわよ」
「……………………(自己紹介)」
ララルとアネーファをみて、金之介はようやく獣人族という種族に慣れてきた。
巨大な猛獣というイメージが先行していて、なんとなく萎縮していたのだが、これはあっちの世界から持ち込んだ先入観だったようだ。話をしてみると、普通の人と何ら変わるところはない。
「でもまあ気をつけてね。イレヴはこの迷宮都市の先導者なんだから、それがパーティメンバーを見つけて戻ってくるとは誰も予想してなかったと思うの」
当のイレヴは先程から自己紹介をする機会を窺っているのだが、そのタイミングを逸している。
もちろん、全員イレヴの事は知っているのだから、自己紹介の必要はない。
「人族であの耐久力でしょ……とすると【頑丈】か【耐久】の特技を持ってるわよね。もしくは【身体強化】かしら?」
「……………………(自己紹介)」
イレヴは右を見て口をパクパク動かし、左を見てアウアウと話しかけるが、話に夢中な三人は気づいていない。
「持ってるのは、【身体強化】の方ですね」
「そっちの方か……とすると前衛志望よね?」
「ええ、もちろんですよ」
そこでララルが勢い込んで話しかけてきた。
「前衛? 人族が? しかもイレヴと組んで前衛かよ!」
「そうなんじゃない? どんなに優秀な後衛がいても、首を縦に振らなかった御仁だしね」
「イレヴって……そんなに凄いんですか?」
金之介がそう言うと、二人とも揃って変な顔をした。
ちなみにイレヴは、もう誰からも相手にされていないので拗ねている。
ちょうど横を通りかかった店員に水のおかわりを注文していた。店員も笑顔で応じている。
「おまえさんよぉ、何も分かっちゃいないようだな」
「まあ、何も分かってないって言われれば、そうかもしれませんね」
金之介はこの世界に来て、まだひと月も経っていない。一般常識が欠けているのも知っている。
ララルが言うには、迷宮に潜る者の中でも迷宮先駆者と迷宮先導者は別格で、誰でもなれるというものではないという。
「一般的に迷宮に潜ってカーディを狩る連中を迷宮探索者って呼ぶんだ。俺っちみたいなのだな。で、迷宮先駆者ってのは常に迷宮攻略の最先端で活動し、迷宮踏破を目指す者の事だ。はっきり言って規格外の連中だぜ。迷宮先導者は迷宮探索者に雇われて、迷宮内を文字通り先導する」
イレヴは先導者として多くの探索者を育てた凄腕なのだという。
「俺っちもよう、イレヴに鍛えられたんだわ。実力以上の階層に何度も連れてってもらってよ、どんだけ助かった事か」
「そうね、この迷宮にいる人の多くが彼の事を知ってるわ。『樽抱えイレヴ』っていう名とともに『鉄壁イレヴ』の名前もね」
随分と大げさなふたつ名を持っているようだ。鉄壁というからには、文字通り攻撃を後ろに通さないのだろう。樽抱えは……そのまんまだなと金之介は思った。
「そういえばこの前、イレヴはマンティコアの攻撃を弾いてたよな」
受けるではなく、耐えるでもない。あの時のイレヴは確かに攻撃を弾いていた。
「だろ? すげーんだよ、この人は」
「ねえ、マンティコアってレベル十二のカーディよね。戦ったの?」
「ああ……草原でボスとして出てきたんだ」
「……そう。フィールドのボスとやり合うなんて、随分と無茶な事したわね」
ここでイレヴが、金之介の方を指差し、何やらジェスチャーをした。
「……ホントなの?」
「……(コクコク)」
「ん?」
「彼……草原のボスを二発で沈めたって」
「……っえええ!?」
ララルが酷く驚いている。
「今わたしたち、レベル十二の敵を相手にしてるのよ。それでもパーティ全員で連携を取って、時間をかけて……安全マージンなんか取れやしないわ。少なくともあのレベルがたった二発で沈んだりしないって事は身をもって知っているのよ」
確かにマンティコアの迫力は相当なものであった。ララルの爪ならば通らないに違いない。とすれば、今の彼らは適性レベルの狩り場にいるのではなさそうである。
「前衛二人か……こりゃ、荒れるな」
「四人以下でやってる先駆者のパーティってあったかしら? すぐに声が掛かりそうだけど」
「いや待ってくれ。俺たちはまだ連携も取れていないんで、しばらくは二人だけで潜るって決めたんだ。誰と組むかは、どのくらい下まで行けるか確かめてからにしたいからね」
「二人だけで? そりゃあ勿体ねーな。いま、コンボカードも高値で売れているし、何よりミラージュカードの需要がハンパねえ。売却価格は年内に下がる事はねえと思うぜ。パーティの人数を揃えてゴリ押しした方がいいと思うんだけどな」
金之介はイレヴの方を見た。イレヴが頷いたので、金之介はやや声のトーンを落として言った。
「ここだけの話にして欲しいんだが、いま俺たちのカードドロップ率は九十二パーセントなんだ」
「えっ? パーティで?」
「でええっ!?」
さすがに意味が分かったのだろう。しばし二人が固まったあと、ララルは金之介を凝視し、アネーファは眉間に手を当てて揉んでいた。
「それって蒐集家スキルよね。仲間の人族も持っているから知ってるけど。もしかして……」
「ああ、【達人蒐集家】を持ってる。ソロだと百パーセントで、いま二人パーティなんで九十二パーセントになっている」
「あー……」
「そりゃ……」
ねえ、と二人は仲良く頷きあった。
「人族は特技やスキルを多く持てるらしいけど、そんな便利なものばっかり取れたってのは凄いわ」
「俺っちさぁ、獣人族で二つの特技持ちだって自慢してたけど、こりゃあ完璧に負けたな」
「俺の場合、特技とスキルはそれぞれ五つずつだよ」
「えっ? 合計十個も持ってるの?」
「そう」
「……そんな人、初めて見たわ」
人族の中でも、とくに所持スキルや特技が多い者を『カードの神様に愛されし者』という。
二人は金之介がまさにそうだと考えたようだ。
この迷宮都市へ至るまでの数日間、金之介とイレヴは時間の空く早朝にカーディ狩りをしていた。乗り合いの自走車輪は、早くても宿の朝食後に出発するので、日の出から数時間を狩りの時間に充てていたのだ。
「俺が二十体倒して十八枚で、イレヴは三十六体倒して三十四枚か。確かに神殿で確認してもらった通りだな」
「……凄い」
イレヴはカーディカードのドロップ率に驚いている。
金之介とイレヴでパーティを組み直した時、パーティのドロップ率を確認してもらった。
「お二人の平均ドロップ率は………………きゅ、九十二パーセントです」
あの時、カード神殿で応対してくれた神父の声は上擦っていた。
達人蒐集家である金之介のドロップ率が百パーセントで、イレヴが通常の二十五パーセントである。それがパーティを組むと九十二パーセントのドロップ率になる。なぜそうなるのか分からない。
二人で狩りをすれば、もの凄い速さでカードが溜まる。いろいろ試して分かったのだが、互いに三百メートル以上離れると、パーティを組んでいても通常のドロップ率に戻ってしまう。
また、コンボカードやミラージュカードは通常の出現率と変わらない。もし、レアカードのように出現率が十六倍になればすぐに分かるので、ほぼ間違いない。これらのドロップ率に影響を与えるスキルは、恐らく別に存在するのだろう。
同時に、ミラージュカードの効果増加の特技についても検証してみた。
その結果は想像以上であったため、これも金之介たちを悩ませる原因となっている。
「……だいたい倍かな?」
「(コクリ)」
低レベルカーディを乱獲していた時、偶然同じミラージュカードが二枚揃った。
出たのは【小爆発★1】のカードだった。
これはカードを投げて爆発を起こさせるタイプで、イレヴと金之介が投げた時の効果が明らかに違っていた。イレヴが投げるとレベル五のカーディが重傷を負うが、金之介の場合だと、同じカーディが数体まとめて吹き飛んだ。明らかに【希儚効果増加★1】のせいである。
数百年ぶりに出現したカードの神様の神託。そして、新しく導入されたミラージュカード。その熟練者を示す特技をなぜ金之介が持っているのか説明できない。
ちなみにその効果に驚いたイレヴだったが、金之介は「何か、特技が勝手に増えていた」と言ったら、盛大に首をひねっていた。その後、何も言わなかったので納得したのだろう。
そのイレヴであるが、金之介と二人きりの時は小声ながら話をする。
どうも人見知りというか、他人に声を聞かれるのが嫌らしい。
そういう意味では、金之介は声を聞かせてもよい相手と思われたようである。
このように迷宮都市へ着くまでの数日間、金之介とイレヴは様々な検証を重ねた。その結果としてしばらく二人パーティで行く事に決めたのだった。
ララルたちの話からも、今後は度を超えた勧誘がくる可能性が考えられる。注目されるのは仕方がないが、金之介が優秀な迷宮探索者と分かれば、不用意に近づく者は減るだろうとイレヴは予想している。
では、どういう人物が優秀な探索者なのか。
それは実績があったり、有用なスキルなどを多数持っていたりする者の事である。なので、金之介の強さを早い内から広め、近づいてくる者を限定させようとイレヴは考えた。
「本当にそれでやってくる者は限定されるのかな?」
「深層の奥底に潜る事が出来る探索者は少ない」
日々迷宮に潜る探索者は安全マージンを取り、あまり危険な探索はしない。
いかに金之介たちが魅力的でも、もっと深い階層に行くと分かれば、勧誘に二の足を踏むだろうという。
こうして、大々的に広めるのではなく、口の軽そうな相手を選んで「実は……」と特技やスキルの話をすれば、金之介の強さは勝手に広まるし、すぐに深層の深い階層に行ってしまうだろうと相手が勝手に解釈してくれる。
皆、他人のスキルや特技に興味があるのだという。新参者の強さは特に。
そういうわけで、二人は噂を広める相手を目の前のララルとアネーファに決めたのだった。