ACT1 羊を信じて!
俺は本が好きじゃない。
字を読むのも文章を書くのも苦手だ。小説家だとか脚本家だとか反吐が出る。部屋に引きこもって、みみっちいことやって金稼いで羨ましいっつーか妬ましい。ごちゃごちゃ鬱陶しいことを聞いてくるラーメン屋も嫌いだ。麺の硬さとかどうでもいいから、一番美味いって自信のあるもんを出してくれればそれでいい。ラーメンなんかどこまでいったってラーメンでしかないんだ。……誰にだってあるだろう。好きなものが。嫌いなものが。
ヒーローだって人を嫌う。怪人だって人を好きになる。
善いか悪いか。好きか嫌いか。
誰が善人で誰が悪人なのか。そいつを決めるのに、自分の好みに左右されちまってもいいのか。
それでいいのかと俺に問うたやつがいた。今となっては、そいつに答えることは出来なくなったし、するつもりもない。だけど、問いに対する答えなら出た。
もし仮に、万が一そいつと再会することがあったなら、俺はきっと────
この国には正義の味方がいる。もちろん悪いやつもいる。正義と悪は光と影で表裏一体。どっちかが欠けても調子が悪くなるもんだ。
「青井。聞いてるの?」
仕事の現場へと向かう車中、俺を呼んだ社長はミラー越しにこっちを睨みつけてきた。苛立ちを隠そうともしないヒステリックな声は、やはり耳触りが悪かった。
「聞いてるよ。アレだろ。本屋に怪人が出たんだろ」
俺はあくびを噛み殺して窓の外に目を遣る。暑い盛りはとっくに過ぎた。見える並木はイチョウだらけで、街も視界も黄金色に埋め尽くされている。冷たい風も、セミに取って代わったコオロギの鳴き声も秋の到来を告げていた。ああ、レンといなせのセーターを用意してやらないといけないな。
なんてことを考えていたら、社長は助手席から身を乗り出して、こっちに顔を近づけていた。
「んだよ。あぶねえぞ」
「最近、どうも気合が入っていないわね。そんなんじゃあ怪我するわよ」
「だったらまともなスーツなり武器なりよこせってんだ」
「うちのヒーローに見合うものを用意するのは難しいのよ」
抜かしやがる。
「ね、やる気はあるのよね?」
「ああ」俺は嘘を吐いた。
いや、嘘を吐き続けている。騙し続けている。他人も、たぶん、自分も。……俺はヒーロー派遣会社で働いているが、悪の組織の戦闘員としても働いている。どっちつかずのコウモリと、どっかのヒーローに言われもした。ただ、辞められない。金が必要だってのもある。けど、それ以上にもっと、別のものが欲しいって思い始めていた。それは証なのかもしれないし、保証だとか、そもそも形のある何かって訳じゃあないかもしれない。
嘘を吐いて誰かを騙して、迷って惑ってこんがらかっている。迷惑かけてるのは分かってるつもりだ。どうにかしたいって思う反面、どうにもならないって諦めてる自分もいる。
「着いたわよ」
俺たちの乗っているタクシーが緩やかに速度を落とし、やがて、現場である大型書店の駐車場に停車した。
「渡しておくわ。ヒーローたるもの、顔を見られてはいけないから」
車を降りた後、社長に差し出されたのはマスクだった。マスクはマスクでも普通の。薬局とかコンビニとかで売ってるやつ。へー、これで顔を隠せってのか。
「女だからって殴られないと思ったら大間違いだぞ」
「度の入っていない眼鏡も持ってきたわ。正直、こういう変装が一番目立たないと思うのよね」
「特徴! とーくーちょーうー! こんなんしてたらヒーローかどうかも分からんわ!」
「お、落ち着いてください」
「風邪引いてる男の出来上がりだ馬鹿野郎!」
運転中は無言を貫く九重にどうどうと宥められる。俺は馬か。馬はもうこりごりだ。
「色々と考えているんだけど、お金を使わずに変装するとしたらそこに落ち着いてしまうの」
「金をかけろっ」
「うるさいわねバカ。耳元で怒鳴らないでちょうだい」
うわ、やっぱ最悪だこの女。……まあいい。中途半端なスーツ渡されても困るんだ。敵を油断させといて強化グローブで殴る。これが俺の武器なのだから。
「というのは冗談で、ちゃんと用意してあるわ。九重」
「あー? 冗談?」
社長に促された九重はトランクを開けて、白い着ぐるみを取り出した。つーかスーツじゃなくて着ぐるみかよ。そんなことだとは思ってたけどな。
「なんだこりゃ? モッコモコしてるけどよ、何の着ぐるみだ? 山羊か?」
「違いますー。羊ですー」
羊だあ? もっと強そうなやつを用意してくれよな。どっちかと言えば羊なんて生贄っぽいじゃねえか。
「マジでセンスないよな、あんた」
「私だって何の意味もなく羊の着ぐるみをチョイスした訳じゃないわ。山羊・羊効果というものを知っているかしら」
「……いや、知らねえけど」
「信じていれば大丈夫ってことよ! 羊を信じて!」
「可愛いですよ、青井さん。似合ってます」
嬉しくねえよ。地獄に落ちろ。
「危ない橋ばっかり渡らせやがって。橋が壊れたらどうすんだ」
「その時はあなたと一緒に落ちるわ」
「あんたと心中するくらいなら一人で自爆した方がマシだ」
渡されたものはしようがない。とりあえず装着しよう。
「そうそう、ここに現れた怪人は立ち読みをしているらしいわ」
「もっぺん言ってくれ」
「立ち読みしてるの、怪人が」
ふざけんな。ヒーローを何だと思ってやがる。
「警察呼べばいいじゃねえか」
「だから相手は怪人なんだって言ってるじゃない」
ちくしょう。だからってなんだって俺がそんなことやらなきゃいけないんだ。
「あ、準備は出来た? やっぱり着慣れてると速いわね。それじゃあ、私たちはここで待っているから。しっかりお願いね」
「お、今日は付いて行くとか言わねえんだな」
「信用しているもの。待つのも私の仕事ね」
うんうん。せめて邪魔だけはしないでくれるとやりやすくて助かる。
俺は店の中に入り、レジカウンター近くに集まっている店員たちに促されて(俺がカラーズのヒーローだと信じてもらうのに少し時間はかかったが)二階に上がる。
目的の怪人はすぐに見つかった。新刊コーナーの真ん前に陣取っている。そして、立ち読みのレベルを軽々と超えていた。怪人はビニールシートを敷いて、寝そべりながら漫画を読んでいた。傍らには魔法瓶と弁当箱。そんで携帯型のゲーム機。……そんなんがあるなら本屋に来るなよ。暇潰しの材料なら死ぬほど揃ってるだろうが。ムカつくわ、こいつ。
「……カニ、か?」
店内でアホみたいに寛いでいるのはカニ型の怪人だ。手がハサミって、すげえことになってるけど。アレで本を読めるのか? 切っちゃうだろ、ちょきんって。
とりあえず観察してみる。
「うわっ、ページめくった!?」
すげえ! あのハサミで器用にページをめくってやがる!
「シオ?」
怪人が首だけを動かす。どうやら俺の姿を認めたらしい。
そんですぐに漫画を読み始める。あ、無視されてる。
……しかし、今も普通に客はいるんだよな、やっぱり。まあ、怪人は今のところ本を読んでるだけだし、これといった被害は出てないんだろう。が、仕事は仕事だ。やることはやる。
「おいカニ、ここはてめえの婆ちゃん家じゃねえんだぜ」
「シオシオシオ、やっぱり漫画は素晴らしいシオ」
「だったら金払って家で読めや!」
戦う気がないんならいいぜ! 今の内にボッコボコにしてやっからよ!
殴り掛かろうとした瞬間、俺の鼻に何かが衝突した。着ぐるみ越しだし、鼻血こそ出なかったもののすごく痛い。
「ああああああああああっ!?」
床に転がる俺。
ふと、何かが落ちているのに気付いた。辞書である。英和か和英か知らんが、とにかく分厚い本だ。カニ野郎、これを投げつけたのか。こんなもん当たったら洒落にならねえって分かってねえのかよ! くそっ、本なんか嫌いだ。
「いてえだろうが!」
「シオシオ、とぼけた格好のくせにタフなやつ。読書の邪魔をするつもりなら、容赦しないシオ」
カニ型怪人は床に積み上げていた辞書を掴む。いや挟む。
くそ、野郎のスーツの性能を甘く見過ぎていた。いつ辞書を投げたんだ? 全然見えなかったぞ。
「あーおもしれーシオー」全然面白くなさそうに言ってやがる。
「クソがぜってえぶっ殺して……あ?」
お返しに辞書を投げてやろうとしたが、誰かに肩を叩かれた。振り向くと見覚えのないやつが立っている。なんだ。誰だこいつ。
白いシャツにカーディガン。赤いマフラーと、そしてスカート。ぼさぼさの黒髪に縁なしの眼鏡。地味で色気の欠片もない。
「…………あ」
「なんだお前? 文学少年か?」
少年は無表情になって、自分のスカートを指差した。
「……スカートを穿いているのですが」見りゃ分かる。
「だって胸がねえから」
「そ、そのようなことをっ。あ、いえ。もういいです。それよりも、お仕事ですか?」
これが仕事じゃなかったら俺は自殺してる。
「あの怪人を退治するのですね」
「まあな。危ないからどっか行ってた方がいいぜ」
しかし勝てる見込みはない。怪人め、あの調子なら閉店まで居座り続けそうだ。
俺が黙り込んでカニ怪人を睨みつけていると、貧乳少女はぼそりと何事かを呟いた。
「…………隙が出来れば、一発でどうにか出来ますね」
「え?」
少女はすすすと俺から離れて、怪人にも気づかれないように移動を始めた。不思議なことに足音が聞こえなかった。
何をするのかと思って少女の動向をじっと観察していると、
「あ、お、おい……」
彼女は本棚を思い切り蹴りつけた。その行為は八つ当たりじみているようにも思えた。
「……シオ?」
何かが倒れるような音が聞こえたのだろう、怪人は不審そうに目を動かす。だが、こいつは立ち上がろうとも、逃げ出そうともしなかった。
「おわああああああああっ!?」
「何これ!?」
その様子を目撃した客は叫ぶ。
「なっ、何が起こっているシオか?」
俺からは見えていた。
カニ怪人に向かって、まっすぐに本棚が倒れてきているのを。野郎の陣取ってる位置は、本棚、棚、棚、棚の先だったのである。
さっきの文学少女が一番端の棚を蹴り倒して、倒れた棚が次の棚を薙ぎ倒して……そうして、ドミノみたいに怪人に向かってきているのだった。
「しっ、シオオオ!?」
事態に気付いた怪人は漫画を投げ出して立ち上がった。アホかこいつ。すげえおせえ。俺は既に腰を落として、拳を振り被っている。
「喰らえカニっ、出禁ナックルゥゥ!」
「ちがっ、俺はカニじゃなくてシオマネキ……!」
大振りだが、怪人は俺の攻撃を回避出来なかった。顔面に入ったパンチは酷く気持ちがいい。
怪人は別の棚まで吹っ飛び、その衝撃で棚が崩れて再びドミノが始まる。逃げ惑う客。轟音と共に倒れていく棚、棚、棚。
「おっ、おお……!」
振り向くと、本屋の店長がバイトに支えられて階段を上っているのが見えた。彼は気を失った怪人と散らかりまくった、と言うか無茶苦茶に荒らされた売り場を確認して後ろ向きに倒れる。
「……やり過ぎた」
しかし俺のせいじゃない。あの貧乳が悪い。手伝ってくれたのは有り難いが……って、もういねえし。お礼くらいは言いたかったんだけどな。
「店長! 店長っ!」
「ああ、なんてことだ!」
ま、まあ、怪人を倒すのにある程度の犠牲は付き物である。店長、ごめんなさい。
息を吹き返した本屋の店長から事情を聞くと、社長は依頼料の半分だけを受け取った。
「正当な働きだぞ。正当な報酬をもらえよ」
「だって大の大人が泣いているんだもの。とてもじゃないけど全額は受け取れなかったわ」
全く、このアマは中途半端に甘いんだからよ。
「……あの、青井さんが一人でやったんですか」
「いや、実は変なやつが手伝ってくれたんだ。けどよ、とりあえずやってやっただろ?」
「そうね」
社長は俺の方を見ずに言う。
「荒っぽいやり方だったし、あなたが時々ヒーローなのかどうか分からなくなる時もあるけれど、期待以上にヒーローをやっているわ」
「遂に俺の実力を認める時が来たらしいな。給料を倍にしてもらってもいい」
社長は溜め息を吐いた。
その時、道路を挟んだ向こう側のハンバーガー屋から爆発音が轟いた。唐突だが、この街じゃあよくあることである。
「ポテトでも爆発したのかしら」
「ちげーよ、見てみろ。異物が紛れ込んでるみたいだぜ」
ハンバーガー屋の駐車場の車が爆発、炎上していた。その周囲には緑色のスーツを着た戦闘員と、見たことのない黒いスーツのやつがいた。真昼間からヒーローと戦闘員とでやり合っているらしい。ヒーローはどこの誰だか知らないが、あの戦闘員は確か……。
「あっちの緑色。ヤテベオって組織の下っ端ね」
「……知ってんのか?」
「ヒーロー派遣会社をやってるんだもの。悪の組織にも明るくないといけないわ」
社長は落ち着いている。まあ、向こうの戦いはこっちにまで被害が及びそうな状況ではない。見たところ、ヤテベオの戦闘員は黒スーツだけを執拗に狙っているらしい。珍しいこともあるものだ。普通、追いかけられるのは戦闘員の方だろうに。
「あの黒いやつは分かるか?」
「知らないわ。ただ……」
俺は社長の視線を追いかけて、黒スーツの動きを観察する。逃げる為なのは分かっているが、必要以上に物をぶっ壊してるっつーか……あっ、一般人を盾にしやがった。
「ちょっと荒っぽ過ぎるわね。もしかするとミストルティンって派遣会社のヒーローかも」
「ふーん。まあ、どうでもいいけどな」
そんなことより、着ぐるみを脱いでさっさと帰りたかった。が、俺は見てしまう。しゃもじを担いだでかい女を。
「クソが。出やがったな」
「あら? アレって、この辺で有名なヒーローよね?」
「そ、そうだね」
あのヒーローの通称はしゃもじ。武器はしゃもじ。あの馬鹿みたいなしゃもじで戦闘員や怪人をばったばったと薙ぎ倒してしばきまくる。俺も何度かやられたことがある。なぜかあいつは俺を的確に見つけて襲ってくる。いなせの時は少し手を貸してもらったが、因縁の相手であることに変わりはない。
「ヒーローが嗅ぎつけるにしては……ちょっと早いくらいかしらね」
「しゃもじもミストルティンじゃねえの?」
「どうかしら。鼻が利くだけなのかもしれないけれど。ちょっとだけ気になるかも」
現れたしゃもじはヤテベオの戦闘員を次から次へ薙ぎ払っていく。しゃもじが黒スーツと知り合いなのかどうかは判断がつかなかったが、ある程度は協力しているようにも見える。
「どうしましょう。止めに入る?」
「ああ? 何言ってんだ」
黒スーツはヤテベオの戦闘員を一人捕まえてボコボコにし始める。その上、そいつを人質にとって何事かを喚いていた。
「馬鹿言ってないで帰るぞ」
ミストルティンのヒーローは荒っぽいことで有名だ。俺も組織の仕事で何度か遭遇したことがある。ボコボコにされるだけならまだしも、戦闘員や怪人の中には携帯電話や財布を盗られて個人情報を割り出され、家族まで襲われかけた、なんて話も聞く。
社長は考え事をしているみたいだったが、長居は無用だ。俺は九重を急かしてとっととこの場から逃げ去った。
本屋での仕事を終えて、スーパーで買い物を済ませて家に帰る。俺にとっては心休まる唯一の時間だ。何せ、昼はヒーローとして怪人どもをぶん殴って、夜は悪の組織の戦闘員としてヒーローと戦わなくちゃあいけない。だから今だけだ。自分の家、空間にいる時だけが俺の心を癒してくれる。
「ただいまー」
扉を開けて三和土で靴を脱ごうとすると、本が舞っているのが見えた。ページがパタパタとめくれながら浮いているので、さながら白鳥のようでもあった。
「本に当たるのはよすんだね。みっともないよ」
「だってお前が僕を投げるから!」
「レン。あんたみたいなのを女々しいって言うんだよ」
「わーっ、なんだよ! なんだよもう!」
相変わらず騒がしい。安住の地はどこにもない。知ってたけど。
「おい、あんまでかい声出すな。ご近所さんに迷惑だろ」
俺がそう言うと、レンはその場でくるりと回って飛びついてきた。鬱陶しい。
「お兄さんお帰りーっ。ねえ聞いてよ聞いてよ。あいつったらさあ、僕の邪魔ばっかりするんだ」
レンはエプロンをしている。飯の支度をしていたみたいだが、またいなせと揉めたのか。
いなせはというと、素知らぬ顔で小難しそうな本を読んでいる。
「ただいま、いなせ。何だ、また味付けに文句付けたのか」
「おかえりマサヨシ。……違う」
いなせは本を閉じて、心底から面倒くさそうに俺を見上げた。
「話しかけられたけど、本を読んでたから無視しただけだ。そいつは相手にされなくて拗ねてるだけだよ」
「違うもん。拗ねてないもん」
「子供だからって開き直った方が楽だよ、レン」
「大人ぶらないでよっ」
うるさいってんだろ。
「お前らがうるさいからお隣さんも出て行っちまったんだぞ」
俺は壁を指差して二人を見据える。レンは小首を傾げた。
「えー? 違うよ。お隣に住んでたおじいさんはね、耳が悪いから僕たちの声は聞こえないって言ってたし」
「息子夫婦と一緒に暮らすからアパートを出たんだよ。知らないのかい」
レンの話を引き継ぐかのように、いなせが続けた。生意気なお子様たちめ。
「ともかくうるさいから近所迷惑になるだろ。ここを追い出されたらどうするつもりだ」
レンといなせは顔を見合わせた。
「僕ねー、次はもっと台所の広い家がいいな」
「あたしは書斎が欲しい」
肉体言語に訴えてやろうか。けど逆に瞬殺されそうだからやめとこう。
俺は諦めて畳の上に寝転がり、テレビを点けた。深刻そうな顔をしたキャスターが原稿を読み上げている。芸能人の離婚や外国のテロリストがどうのこうの、市長が悪漢に襲われたが撃退したとか、どこそこのヒーロー派遣会社の合併について報道している。興味を惹くようなものは一つもなかった。
「マサヨシ」
「んー?」
ごろんと寝返りを打つと、いなせと目が合った。
「悪いとは思ってるよ」
「……分かったんならいいよ」
レンは悪の組織の改造人間。いなせは悪の組織の元首領の孫娘。レンは春から、いなせは夏からで付き合いに差はあるが、訳ありの二人を匿うというか、一緒に暮らすようになってから数ヶ月は経っていた。
正直、自分一人で食べていくのがやっとだった状況だってのに、ガキとはいえ二人分の面倒を見なきゃあいけないのは辛い。ほとぼりが冷めるまでとか、しかるべき時期にしかるべきところへ連れて行けばいいだとか、自分をどうにかこうにか慰めてはいるが。
……ああ、まただ。また誤魔化そうとしてやがる。俺って人間はどこまでダメなら気が済むんだ。
レンといなせに送り出されて、俺は悪の組織へ向かった。もちろん二人は何も知らない。俺が工場の夜勤で働いていると思い込んでいる。
罪悪感めいた棘が胸に刺さるのを感じながら、俺は組織の長くて暗い廊下を歩いていた。
「む、おい。そこのお前」
「へ?」 俺のことか?
急に後ろから呼び止められてしまう。恐る恐る振り向くと、ゴリラ型スーツの怪人と……ライオン型スーツの怪人、四天王のグロシュラがいた。相変わらずでかくて、無駄に威圧感やら圧迫感を放っている。
まさか、俺がヒーローやってるってばれたんじゃないだろうな。
「あ、あのう、俺……いや、私が何か」
「おいおい、忘れたのか。俺だ。レンの時は世話になったな」
ゴリラ怪人が豪快に笑った。そういやこいつ、レンを連れ戻す時に協力してくれって言ってたやつだっけ。当のレンにはボコボコにされてたのを思い出した。どうやら今日は、前に一緒にいた白い馬怪人はいないみたいだ。
「ああー、その節はどうもっす。怪我、もう良くなったんすか」
「おう。ま、俺はともかくな、今日はグロシュラ様の快癒祝いでな」
「お、おめでとうございます」
俺はグロシュラに向かって頭を下げる。野郎が何も言わずに腕を組んで、じっとこっちを見下ろしているのが分かった。怖い。
「一仕事に行くところだ」
治ったばかりで仕事に行くのが祝いってか。流石グロシュラ部隊は違うな。
「そ、そっすか。あの、お気を付けて」
「おう。お前もエスメラルド……様の数字付きとして頑張れよ」
「はい! あざす! 俺も先輩を見習います!」
「おう、ありがとうな……なっ!? グロシュラ様っ」
「おおおわあああ!?」
ノーモーションだった。グロシュラは何をとち狂ったのか、拳を振り上げて俺に襲い掛かろうとしている。
俺は必死になって距離を取り、片膝立ちでグロシュラをねめつけた。
「……ふ。いい反応だ」
「はあっ? な、何を言ってんすか!?」
脳みそまで筋肉で出来ているやつの言うことは訳が分からん。グロシュラはゴリラを引き連れて、のっしのっしとその場から歩き去ってしまった。
今日の仕事はエスメラルド部隊だけでなく、他の組織と協力して何かをやるらしい。珍しいと言えば珍しい。悪の組織なんてのは自分勝手だ。そりゃあ仲間と協力して仕事をやるけど、別の組織のやつらとなれば話は別である。詳しいことも聞かされてないし、少し胡散臭い。とはいえ、結局やるこたあ一つきりだろう。殴って奪う。時たま何もせずに奪う。そんくらいのものだから特に問題はないはず、なのだが、今日は珍しいことに訓示があるらしい。
訓示とはいっても、これまた大したことはない。せいぜい上司が『気を付けろよ』とか『気を引き締めろ』とか、しょうもないことを言うだけだ。
「あー、結構さみーなー、今日なー」
「俺、スーツの下にカイロ貼ってんだよ。おすすめ」
「マジで? えっ、動いてると熱くなってこない?」
俺たち数字付き戦闘員十三人は地下の駐車場でエスメラルド様の到着を待っていた。
しばらくすると、江戸さんと共にエスメラルド様がやってきた。が、今日の彼女はちょっと機嫌が悪そうである。俺たち、何か怒られるようなことしたっけ?
エスメラルド様は俺たち数字付きを順繰りに見回した後、いつになく険しい表情で口を開いた。
「お前らはなんだ」
しんと静まり返った駐車場にエスメラルド様の声が反響する。
「なんだ、分からないのか? 私が教えてやる。お前らは悪いやつだ」
は?
「物を壊すことしか能がない。人から奪うことしか能がない。頭が悪くてどうしようもないから、お前らは悪の組織の戦闘員になったんだ。じゃあ、もう一度聞くぞ。お前らはなんだ?」
「……せ、戦闘員です」
「足りないぞ。八番、お前らはなんだ?」
「わ、悪いやつです」
まだだ。まだ足りない。独り言つエスメラルド様は首を振った。
「十三番。お前らは、なんだ?」
俺たちは。俺は……。
「クズで、グズで、体を動かすこと以外に取り柄のない下っ端です」
「そうだ。だから余計なことを考えるな。お前らは頭を動かすな。脳みそを動かそうとするな。ただ手足を動かせばいい。お前らの頭は私だ。それを忘れるな。いいな?」
数字付き全員で声を張り上げて返事をする。
「よし。以上だ。寒い中なのに待たせて悪かったな。気を付けていけよ」
エスメラルド様は引き上げていく。その途中、俺はずっと彼女に見られていた。気のせいかもしれない。でも、
『アオイは私を裏切らないって言ったもんな!』
そうじゃないかもしれない。
「は? ヒーローを潰す?」
任務の内容は現場に到着してから明かされると聞いていた。少しだけ嫌な予感がしてたんだが、どうやらそいつが的中しちまったらしい。
今日の現場であるコンビニの駐車場に着いた俺たちは、ヤテベオという組織の戦闘員どもと合流した。……こいつら、確か昼間も暴れてたよな。まーだ足りないのかよ。
ヤテベオはこの街を活動拠点とする悪の組織だ。首領のタイタンマットを筆頭に、植物型の怪人たちが多く所属する組織でもある。戦闘員の多くが薄緑色の下っ端スーツを着ているのが特徴だ。
そいつらが、合流するなりそう言ったのだ。どこかで何かを奪うだのではなく、ヒーローを潰すのだと。
俺たち数字付きは顔を見合わせた。
「……いや、だって俺らの方は怪人連れてきてねえんだけど」
「怪人なら俺がいるだろう」と、それっぽい雰囲気を漂わせながら出てきたのは、アフロヘアーでガンマンっぽい格好をした植物怪人である。ただしガンベルトに差しているのはリボルバーでなく小型のじょうろだ。
そもそも、俺たちが気にしているのはヒーローとやり合う為の戦力じゃあない。理由だ。なんだってわざわざヒーローと戦わなくちゃあならないんだ。そりゃ、仕事の邪魔をしてくるヒーローはムカつくけど、そいつらと戦うのは仕事じゃない。ヤテベオの言ってるのは目的と手段が入れ替わっているような感じだ。
「ヒーローボコりてえから俺たちを呼んだのか?」
「なーんか裏があるとは思ってたんだよな。他の組織と協力するなんざ滅多にないからよう」
不平不満を垂れ流すエスメラルド数字付き。アフロ怪人は舌打ちし、俺たちを睨みつけてくる。
「下っ端がごちゃごちゃ言うな。お前ら、ここに来いと命令されたんだろうが。仕事をしろって言われたんだろうが。だったらやることやって帰ればいいだろう。ガキの使いじゃあねえんだ。文句あんなら逃げてボスに泣きつけ」
俺はハッとした。今日のエスメラルド様に、ヒーローが怖いから逃げ帰ってきましたなんてことを言ったらどうなる。クビか? いや、それだけならまだマシだ。ぶん殴られて首の骨折られるかもしれねえ。
他の連中を見回すと、俺と同じようなことを考えているらしかった。全員、ここまでノコノコ来たんなら覚悟を決めるしかない。
「やるしかねえな。……わあったよ。で、相手は誰だ?」
ヒーローと戦うのはしようがない。諦めた。だが程度はあるだろう。相手は誰だ。最近、ここいらで目立ち始めてきた新人ヒーローか? それともベテランか? 出来ればストロベリー・ハットあたりがいい。あのヒーローなら詰めが甘いからやりやすい。
「ミストルティンだ」
俺たちは我が耳を疑って何も聞こえないふりをした。
「ミストルティンだ」
無駄だった。
「ハアッ!?」
ミ、ミストルティン! よりによってミストルティンかよ! そんな気はしてたけどな!
「終わった。殺される……」
「ああああああもうやだああああああ!」
「一番当たったらダメなところじゃねえか。しかも、ミストルティンだあ?」
ヤテベオの連中はヒーローの名前ではなく、ヒーロー派遣会社の名を口にした。つまり対象は個人じゃあない。ミストルティンという会社そのものを敵視している。
ミストルティンに所属しているヒーローのほとんどは血の気が多いし、個々人の能力も高い。やり合えばタダじゃあ済まない。その上、家族や友人を人質に取るだとか、悪の組織ですら引くようなえげつないこともしているなんて噂が流れているくらいだ。
「タンブリードさん、やはり……」
「いや、いい」
タンブリードと呼ばれたアフロ怪人は、少しだけだが申し訳なさそうな風に口を開いた。
「言いたいことは分かる。だが退けんのだ。既に何人もの仲間がやられている。我々が悪の組織である以上、ヒーローと戦い、やつらにやられるのは仕方のない話だ。自然の摂理とも言える。しかし、程度はあるだろう」
「新人のトウモロコシ怪人がかなり手酷くやられちまってな。今にして思うと、それが発端だったかもしれねえ」
「それだけじゃねえ。幹部のヴィーナスフライトラップマンさんは実家に火ぃつけられちまってな……」
気持ちは分かる。ヒーローを憎む人の気持ちってのは、特に。なんにせよ、ここまで来たらやるしかなさそうだ。
「そいつはいいけどよ、ミストルティンのヒーローがどこにいるのか分かってんのか?」
「ああ、問題ない。やつらは……」
タンブリードは今回の作戦について説明を始めた。
「へえー、詳しいな。誰か調べたのか?」
「ああ。誰かがな」
話は聞いたが嘘くせえ。胡散臭いっつーか、なんつーか。ヤテベオめ。なーんかまだ隠し事がありそうだな。が、ここで問い質しても答えちゃあくれないだろう。まあ、大方、腕のいい情報屋でも抱えてるってところか。
やるしかねえって自分に言い聞かせて、俺たちとヤテベオはミストルティンのヒーローが現れるであろう現場へ向かった。
ワゴン車が二台。先行するのはヤテベオの乗ってる車だ。
「くそ、わざわざこんな狭い道抜けなくてもいいじゃねえか」
俺たちの乗るワゴンのドライバーは七番だ。運転は免許を持ってるやつが持ち回りでやるのが決まりになっている。ちなみに俺は持っていない。免許を取ろうとしたことはあったが、実技はともかく学科が駄目で何度か落とされたことがある。
「近道なんだろ? あいつらも相当腹ぁ立ってるみたいだな」
「まあ、情報もらってヒーローぶちのめすってのはいいかもなあ」
上手くいけば俺たちだって気持ち良くなれる。ヒーローを後ろからぶん殴る。そのことを思えば心が躍る。もっとも、上手くいけばの話だが。
そんでもって、こういう時に上手くいったためしなんか、ほとんどなかったりもする。
「ん? あ、ああっ」
七番が急ブレーキを踏んだ。シートベルトなんかしてなかったから、俺たちは席から投げ出されそうになる。
「てめえボケ! アクセルとブレーキ踏み間違えたかよコラァ!?」
「殺すぞ!」
「ち、ちげえって! 見ろ見ろ見ろ!」
「ああ?」
いつの間にそこに降り立ったのだろうか。ヤテベオのワゴン車の上に、何者かがいた。
「……ヒ、ヒーロー、か?」
見覚えのあるヒーローだった。スーツは夜に溶け込むような黒一色で、獣の耳みたいなものが頭にくっついている。風を受けて翻るのは、これまた黒いマントだった。
やっぱりな。こいつ、昼間のやつと同じスーツを着てやがる。
黒いヒーローは何をするのかと思えば、ワゴン車の屋根を足で思い切り踏みつけにする。鈍い音が何度か鳴ると、車中からヤテベオの戦闘員が飛び出した。同時、屋根に穴が開く。
「な、なあ、俺たちも行くのか?」
「バックしよう。このまま帰っちまおう」
「よしきた!」
エスメラルド様に怒られるのと正体不明のヒーローにボコられるのを秤にかけて、俺たちは上司の怒号を選んだ。いつ死ぬか。今じゃないだろう。どうせ死ぬなら後で死ぬ方がいいに決まってる。
「ぎゃっ! だ、ダメだっ。後ろからもなんか来てる!」
俺たち数字付きは車の中から後ろを確認する。黒いヒーローと同じスーツを着たやつが見えた。しかもめっちゃ走ってきてる。は、挟まれた。
これじゃあ逃げらんねえ。七番が車を停めた瞬間、俺たちは前方めがけて駆け出した。こうなりゃヤテベオと協力して一人ずつヒーローを仕留めるしかない。
「行くぞ、囲んで叩け!」
黒いヒーローはワゴン車の屋根から飛び降りて着地する。近くにいたヤテベオの戦闘員がぶん殴られて民家の塀に叩きつけられた。……野郎、パワーもスピードもある。後ろから来てるやつも同程度の能力を持ってると思って間違いないだろう。
「時間かけんな! 後ろからも一人来てんぞ!」
「オオっ!」
アフロ怪人タンブリードが黒いヒーローを相手取る。隙が出来りゃあ戦闘員が突っ込んで援護する。ヒーローだっつっても中身は人間だ。この数で押し切ればどうにでもなる。
だが、何か妙だ。
「く、こいつ……!」
タンブリードの蹴りが黒いヒーローの腹に命中する。黒いヒーローは塀まで吹っ飛び、背中を強かにぶつけた。今だ、と戦闘員が取り押さえようとするが、黒いヒーローはダメージなど関係ないとばかりに戦闘を続行する。タフ過ぎんだろうが。
しかも、もう一人のヒーローが参戦した。タンブリードだけじゃあ同時に二人を相手にするのは無理だ。仕方ないから戦闘員が時間を稼ごうとするも、スーツの性能差は歴然である。一人、また一人と倒され始めた。
こうなるとどうにもならない。よくある負けパターンだ。ヒーローの気が収まるまでボコボコにされて警官にとっ捕まるだけである。くそ、こんな狭い場所じゃあなければ逃げられたって言うのに。
「撤退っ、撤退だ!」
タンブリードが半狂乱気味に叫んだ。ヤテベオの戦闘員は、気を失った仲間を屋根に穴の開いたワゴンへ運ぶ。俺たち数字付きは撤退の援護を始めた。とにかく、この黒いヒーローとまともにやっても埒が明かねえからな。
「十三番、こっちもそろそろやべえぞ」
「仕方ねえ!」
俺は玉砕覚悟で突っ込んだ。黒いヒーローがよそ見をしている間に足を払う。ヒーローが体勢を崩して、タンブリードが重たそうな一撃をお見舞いした。
殴られた黒いヒーローは俺たちの乗ってきたワゴン車の横を過ぎ去って、もっと後ろまで吹っ飛んでいく。
もう片方のヒーローも数字付きの一番と二番が押さえている。俺はそいつの後ろへ回って蹴りを放った。その攻撃は防がれたが、一番がヒーローの腕を無理矢理に極める。
「腕一本もらったぁぁぁぁぁあっ、ってああああああああああ!?」
その後でぶっ飛ばされた。数字付きのスーツじゃあ骨を折るまでいかないだろうが、痛めつけることくらいは出来たはずだ。
一番が痛めつけた腕は右。俺と二番が左腕を押さえている間に、タンブリードは右側に回って鋭いパンチを打つ。狙いは正確だ。こめかみを抉るようなパンチは、ほぼ間違いなく意識を刈り取れる。
そのはずだった。
ヒーローが、右腕で防御さえしなければ。
「な、に……!?」
「極めが甘かったか!」
諦めたタンブリードは俺たちにヒーローから離れるよう指示した。
「俺が押さえる! おい! 動けなくなった数字付きもそっちに乗せてやれ!」
「定員オーバーっすよ!? スピードが出ない!」
「いいから急げ!」
タンブリードが残ったヒーローの相手をしている内に、俺たちも車に戻って逃げる準備を完了させた。
「出せっ、数字付きもな!」
「あんたはどうすんだ!」
「後ろのドアはっ、開けたままにしろ!」
ヤテベオのワゴン車が発進する。その後を俺たちの乗った車が続いた。だが、タンブリードは未だ戦闘中だ。野郎、一人で残るつもりか?
どうするつもりなのかと焦っていたら、タンブリードは片手でヒーローの右腕を捕まえたまま、走行中の車に向かって手を伸ばした。そうか。俺たちの車とすれ違いざまに飛び乗ろうって寸法か。
俺たちは後部座席のドアを開き、ものに掴まってタンブリードに手を伸ばす。ドライバーの七番が速度を僅かに緩めると同時、野郎は俺の手を掴んだ。
「おっしゃ飛び乗れ! そいつを離せ!」
「いや、このまま連れて行く」
俺たちがタンブリードの体を支える。タンブリードはヒーローを引っ掴んだままだ。
「スピードを上げろ!」
「そのまま引き回すってのか!?」
「いや、こいつらのスーツが気になる。組織に戻って分析をしたい」
「ふっざけんな! そいつまだ動いてるじゃねえか!」
「ならば」
狭い路地を抜けた車は速度を上げる。タンブリードに捕まった状態のヒーローだったが、その体がふわりと浮いた。瞬間、タンブリードはヒーローを自分の得物のようにして電信柱に叩きつけた。俺たちは思わず目を瞑る。こりゃ酷い。死んだだろ。
タフな真っ黒ヒーローも、流石に今の一撃は効いたらしい。ぴくりとも動かなくなった。
「や、やったのか?」
「足りないくらいだ。死んでもらっちゃあ困る」
タンブリードは(恐らく)気絶したヒーローを車の中に入れて、長い息を吐き出した。
もう片方のヒーローを撒いた後、数字付きとヤテベオはそれぞれの組織へ戻ることとなった。
あの黒いヒーローは驚くべきことに生きていた。タンブリードのフルスイングで死んだとばかり思っていた……が、その後、黒いヒーローはヤテベオの方で『どうにかする』らしい。何をするのかは深く考えないでおこう。
「今日は助かった。また、お前らと一緒に仕事がしたいものだ」
「冗談で言ってるんすよね?」
「はっは、ではな」
ヤテベオは穴の開いたワゴン車で去っていった。
残された俺たちは安堵の息を吐き出した。
「たすかったああああ」
「けど、こっちも半分くらい持ってかれたんだぞ」
ワゴン車の中には負傷者が何人もいる。俺たちも半分は運が良かっただけだ。下手すりゃ全滅だったかもしれない。
「しかも失敗したしな。くそ、何がヒーローぶっ潰すだよ。あいつらの車がポンコツにされてんじゃねえか」
「けどよ、あのヒーローどうなるんだろうな」
「聞くな聞くな。どうせろくな目に遭わされねえよ」
「既に全身粉砕骨折だろ。……ああ、そういやあ」
数字付きの二番は俺を見た。
「あいつの右腕さ、やっぱ折れてたみたいだぜ」
「最後にフルスイングされた時に折れたんだろ?」
「いや、一番が仕かけた後、あのアフロのパンチで完璧にイってたんだ」
……うーん? けど、その割にはあのヒーロー、普通に戦ってたよな? 痛がる素振りも見せなかった。それどころか、あいつら、一度でも口を利いてたっけ。
「よく分かんねえけど、やべえ連中だってのに間違いはねえって」
なんか、気味が悪いな。そもそも、さっきのヒーローってのが本当にミストルティンのヒーローで合ってんのかどうか。全然関係ないヒーローだったってことはねえよな。
「ともかく帰ろうぜ。やられたやつを早いところなんとかしてやらねえとダメだからな」
その言葉にみんなが頷き、車に戻った。
帰り道、俺たちは示し合わせたかのようにシートベルトを締めた。